2016年1月29日金曜日

日本のステルス実証機は何を狙うのか?

ステルス技術"実証機"

防衛装備庁が研究試作を行っている先進技術実証機が、"X-2"の型式を与えられ、2月中旬に初飛行すると発表されました。(リンク:防衛装備庁リリース「先進技術実証機の初飛行等について」


防衛装備庁は28日、三菱重工業の小牧南工場(愛知県豊山町)で、次世代戦闘機の開発などに向けた国産のステルス機「X―2」を初公開した。
(中略)
実証機は今後地上滑走試験を行い、2月中旬以降に初飛行を行う予定。県営名古屋空港(豊山町)から空自岐阜基地(岐阜県各務原市)まで飛行する。

国産ステルス機を初公開=次期戦闘機開発技術―2月飛行・防衛装備庁

X-2に搭載される国産実証エンジンXF-5(防衛装備庁サイトより)

このX-2については、一部のメディアで「国産ステルス戦闘機」という報道もなされていますが、自衛隊のF-2戦闘機の後継となる将来戦闘機開発に用いる技術データを集めるための実証機で、この機体に戦闘能力はありません

X-2はステルス形状の機体に、国産の実証エンジンを2基搭載し、高運動性・ステルス性技術の実証を目的としています。実機として試作することで、個別に研究されてきた要素技術を一つの機体としてまとめるシステム・インテグレーションや、全体を制御するソフトウェアのノウハウを得る事も重要です。また、将来戦闘機のためだけでなく、日本が従来保有していなかったステルス機のデータを集めることで、日本周辺国で将来配備されるだろうステルス機に対する防空体制の検討にも役立つと期待されています。

X-2に搭載される国産実証エンジンXF-5(防衛装備庁サイトより)

ところで、自衛隊では既にアメリカが開発しているF-35ステルス戦闘機の導入が決まっています。F-35を配備するなら、自前でステルス機の技術研究する必要は無いじゃないか、と思われる人もいらっしゃるかもしれません。

しかし、F-35計画では自国が技術を持たないことが、自国の防衛計画上のリスクになる事が露呈しています。今回は初飛行を前にX-2の狙いは何か、現在の最新戦闘機開発を交えて紹介したいと思います。

超大国による技術の独占とその弊害

F-35は名目上は国際共同開発ですが、実際の開発はアメリカ主導で行われています。開発だけでなく、生産や機体のメンテナンスまでもアメリカの強い管理下にあり、海外での生産の最終工程はFACOと呼ばれる施設だけで行われ、ALGSと呼ばれるシステムにより全世界のF-35はパーツの一つに至るまで管理IDが振られ、アメリカが一括して管理しています(FACOとALGSについては、拙稿[http://ji-sedai.jp/series/research/045.html 「F-35戦闘機導入に武器輸出三原則見直しが必要だったワケ」]を参照下さい)。

アメリカはFACOやALGSをコスト削減策としてアピールしていますが、もうひとつの側面として、F-35の技術を外に漏らさない事でアメリカの軍事・外交上の優位性を保つという思惑があります。事実、前世代機のF-15は機体やエンジンの日本で国内メーカーによる製造が出来たのに対し、F-35では国内メーカーの製造割合は4割程度と伝えられているなど、日本側の裁量が大きく減っています。同盟国やユーザー国であっても、F-35の技術情報の開示は限られており、不満を持つ国もあります。

米空軍のF-35戦闘機(米空軍サイトより)

同じ防衛装備品の輸出でも、現在行われているオーストラリアの次期潜水艦商戦で日本、ドイツ、フランス各国がオーストラリアへの技術移転や現地生産を提案し、オーストラリアへの技術情報の開示を強調しているのとは対照的です。通常動力潜水艦を開発出来る技術を持つ国が複数あるのに対し、今のところF-35に相当する第5世代ステルス戦闘機を開発出来る国は一部の超大国に限られており、かつての「西側」で第5世代戦闘機を開発しているのはアメリカしかありません。現状、NATOやEU構成国が入手可能な第5世代機はF-35しかないということになります。

この選択肢の無さが問題を招いています。F-35は開発が難航し、計画の大幅な遅延に加え、AFPによれば2014年の段階で1,670億ドルも開発予算を超過しており([http://www.afpbb.com/articles/-/3009733 AFPBB「なぜ米国はF35戦闘機に巨額を費やすのか?」])、調達価格の高騰が懸念されています。採用予定国にとっては、自国の防衛計画に大きな悪影響を及ぼしかねませんが、F-35の代わりになる選択肢はありません。結果、F-35計画に問題が出ても、そこから足抜け出来ないでいます。

F-35の次のための「武器」

超大国による技術の独占により、F-35のユーザー国は開発国側の都合や問題に、従来以上に引きずられるを得ません。代替案無き状況が生み出した理不尽です。

このような問題を避けるためにも、代替案はあるに越したことはありません。国内で次世代機が開発出来るのがベストですが、それには莫大な資金と時間が必要です。国際共同開発で負担を軽減するにしても、発言力を確保するには自前で技術を持っているかがカギとなります。自国で戦闘機を作らなくても、自国で技術を持っておく事が、自国の防衛計画へのリスクを回避するための「武器」にもなるのです。

まだF-35の配備も進んでいない状況ですが、早くも「次」を見据えた戦闘機計画が立ち上がり始めています。日本でも、X-2をはじめとした将来戦闘機に関する研究は平成30年度(2018年度)に成果がほぼ出揃う予定となっており、それを元にして「次」をどうするか方針が決まります。X-2は、F-35の「次」を見据えた一手でもあるのです。

F-35は様々な問題に直面しましたが、次はどうでしょうか? X-2が良い成果を残し、選択肢が少しでも広がれば良いのですが。

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両方とも森本敏元防衛大臣の名義だけど、中身はほぼ防衛関係者による防衛装備についての内情話。国内の防衛関係者が防衛装備品について、どういう危機感、問題意識を抱いているのか知るのに良い本です。

2016年1月21日木曜日

すしざんまい社長はソマリア沖の海賊を壊滅させたのか?

Twitterでこんな話が話題のようです。

Togetter:ソマリアの海賊を壊滅させたのは『すしざんまい』の社長だったという、なんかスゴイかっこいい話に驚きの声

このTogetterまとめでは、すしざんまいの木村社長が、ソマリアの漁民にマグロ漁を指導し買い取ることで、海賊から漁民に戻したという趣旨の事が述べられています。21日19時30分現在、このまとめは29万もの閲覧数があり、ネットで注目を浴びている記事のようです。

ソマリア沖・アデン湾における海賊は、2000年代後半から国際問題となっておりました。近年になり、当該地域における海賊被害が激減していますが、それに木村社長の功績だと言うのです。事実とすれば偉大な業績でしょうが、本当でしょうか?


ソマリア海賊被害は減少した?

先のまとめの元ネタは、すしざんまい社長のインタビュー記事のようです。

ハーバービジネスオンライン:すしざんまい社長が語る「築地市場移転問題」と「ソマリア海賊問題」

インタビュー記事中、木村社長はソマリアの漁民を支援する活動を紹介し、事業面以外の成果を以下の様に語っています。


木村:いろんな国や国際機関も援助をやっていますが、どれも上滑りのことばかりであまり役に立っていないことも少なくありません。相手の視線に立って、相手の悩みに気がついてあげることが必要なんです。ソマリア沖じゃ一時は年間300件、海賊による被害があったそうですが、うちが行くようになって、この3年間の海賊の被害はゼロだと聞いています。よくやってくれたと、ジブチ政府から勲章までいただきました。

すしざんまい社長が語る「築地市場移転問題」と「ソマリア海賊問題」


記事では木村社長がいつごろから活動を始めたのか詳細は書いていませんが、「うちが行くようになって、この3年間の海賊の被害はゼロだと聞いています」と述べていることから、3年ほど前からソマリアでの活動を始めたようです。では、ここで当該地域における海賊被害の推移を見てみましょう。

ソマリア沖・アデン湾における海賊等事案の発生状況(外務省資料より作成。2015年のみ7月までの数値)

海賊被害のピークは2009年から2011年で、年間200件以上の襲撃がありました。しかし、2012年からは減少に転じ、2015年(ただし、7月31日までの数値)は襲撃・被害共に0件です。行くようになってから海賊が減ったとは言いますが、2012年あたりに活動を始めたとすると、ちょうど海賊被害が減少に転じてから事業を始めた事になり、ちょっと不整合を感じます。


ソマリア海賊と国際社会

そもそも、ソマリアの海賊問題に国際社会はどう対応していたのでしょうか。

2008年に国連で相次いでソマリアの海賊問題に関する決議が採択され、2009年頃から各国海軍の派遣活動が活発化します。アメリカ、NATO、EU、ロシア、中国等、ほとんどの主要国が艦艇を派遣しています。日本も海賊対策として、2009年から自衛隊の護衛艦2隻を派遣して船舶の護衛活動を続けており、2011年には自衛隊初となる常設の海外拠点をジブチに設置し、航空機による監視活動も行っています。現在も約600名の自衛官、海上保安庁職員が現地での活動に携わっています。

アデン湾でEU艦艇と訓練を行う海上自衛隊護衛艦(統合幕僚監部サイトより)

各国海軍と海賊との間で戦闘が発生した事もありましたが、ほとんどの場合、海賊は軍艦や軍用機を見ると逃走します。海賊のボートと軍艦では戦力が違い過ぎるので、戦いようがないのです。民間船舶の護衛が行われるようになり、多国籍部隊や各国部隊との協調が確立し、警備活動も軌道に乗ると、海賊の被害も減少するようになります。

このような国際社会の警備活動もあり、ソマリア沖の海賊は減少に転じています。このような活動を考えれば、木村社長によって、ソマリア沖の海賊が壊滅したかと言われると、ちょっとそれは言い過ぎだと思います(そもそも壊滅させたのは自分だと木村社長は言っていません)。


国際社会と企業の両輪関係

しかし、かと言って木村社長の功績が毀損されるいかと言うと、これ自体は大変立派なものです

紛争地域の紛争を終結させ、平和な状態へと再建する平和活動のプロセスに、武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)と呼ばれるものがあります。これは武装組織構成員の武装を解除し、教育や職を与えることで、復興の担い手として社会に貢献できるようにする活動です。継続的な平和を維持するためには、かつての武装組織の構成員に、生活できる収入を得るための正業に就かせることが重要です。
元戦闘員に工具箱を手渡すDDR活動(在スーダン日本国大使館サイトより)


国際社会主導の事業は、長期の営利事業として立ち行かないことがままあり、民間企業の役割も大きなものです。しかし、現実的に紛争地域かそれに準じる地域で、事業を行おうとする企業は多くありません。経済が立ち行かないと、その国の平和も乱れ、また紛争に逆戻りするパターンも見られます。

国際社会の軍事的な海賊対処活動で、海賊行為が上手くいかなくなった海賊たちに、マグロ漁師としての道を与えた木村社長は、重要な活動をしていたと言えます。しかし、海賊行為が莫大な利益をもたらしていた場合、そうやすやすと海賊が漁師になるでしょうか? そして、各国海軍の活動で海賊行為が出来なくなったとしても、海賊たちに他に職のアテが無ければ、海賊以外の犯罪で糊口をしのぐのは目に見えています。つまり、国際社会の海賊対処活動と木村社長の活動は、海賊壊滅のための両輪だったと言えます。どちらが欠けていても、成し得なかったでしょう。

しかし、ソマリアの海賊は減少したとはいえ、終わった問題ではありません。ソマリアは依然として統一政権が無い状態で、政府の警察力による取り締まりは期待出来ません。各国の海軍部隊が撤退したらまた海賊が出没するようになるでしょうし、漁民の生活が行き詰まったら、また海賊に戻るかもしれません。今後も国際社会は、各国海軍による警備活動と共に、ソマリア国内の安定化を働きかける必要があるでしょう。

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2016年1月19日火曜日

#めざましテレビ タグに寄せられたSMAP会見放送へのツイート

ブログの方ではあけましておめでとうございます。dragonerです。

ところで、昨夜は中々コワイもの見せられましたね。そうです、SMAPのアレです。4人の複雑な表情が生放送で全国配信(一部地域除く)される社会の恐ろしさに、ぼくの引きこもり癖も悪化しそうです。

そんな至高の恐怖体験に震えているぼくをヨソに、怖いもの知らずな試みをTwitterで見かけてしまいました。


SMAP日本中引廻を放映した、フジのめざましテレビアカウントです。さすがにこれってマッチポンプに過ぎるのではないかとも思いましたが、その怖いもの知らずな姿勢に痺れます。我々常人には及ぶべくもない卓越した感性です。

案の定、#めざましテレビタグ には心温まるを超えて火傷しそうなツイートの数々が寄せられていますが、めざましテレビ放映時にはどのくらい紹介されたのでしょうか。

その前に、全体としてどのくらいツイートが寄せられたのでしょうか。会見への感想やSMAPへのメッセージを募集する、めざましテレビアカウントのツイートから、ツイートが紹介される19日6時18分(紹介するツイートを選ぶ時間を考慮し集計は6時まで)まで、いくつ#めざましテレビタグでつぶやかれたか、抽出の上カウントしてみました。

結果、8093のツイートを確認しました。Twitterの全ツイート拾いきれているかは怪しいので、検証用にツイート内容と日時を記したGoogleスプレッドシートのリンクを貼っておきます。暇な人はカウントでもしてみてください。

この約8000ツイートの内容ですが、さすがに数が多いので単語でツイートのポジティブ・ネガティブを自動分類しようとしたのですが、自分の技術では精度が悪かったので断念。目視でザーッとアバウトに見る方向にしましたが、ツイート募集開始から間もない頃は賛否両論あったものの、日付が変わってからはほとんど番組批判(SMAP批判ではない)か意味のないツイートになった感じです。この辺は個人の主観になるので、気になる方は先ほどのリンクで確認してください。アバウトで申し訳ないですね。

さて、実際にはどのようなツイートが紹介されたでしょうか。

番組中の6時18分頃から紹介されたツイートは合計7。ツイートは肯定否定と一概に割り切れるものではありませんが、番組では肯定的と見る意見として4件、一方それとは違うものとして3件を紹介したという感じです。

地上波で流すツイート紹介としては、こんなもんじゃないでしょうか。そもそも調査の類ではなく、意見・感想募集なんですから、どのツイートを取り上げるかは番組の勝手です。多数の批判的意見がスルーされたネット民涙目、といういつものパターンでしょうか。



と思いきや、番組内で肯定的と紹介されたツイートに罠が。ちょっと見てみましょう。


アカン。縦読みで「はやく逃ゲて!!!!!」やこれ。ホントにフジテレビ気づかんかったのか。これをセレクトした担当者の今後が気になります。

大規模炎上だと一見肯定的に見える意見でも危険なネタが侵入して危険、という前例になりそうですね。転んでもタダでは起きないネット民、みたいな結果となりました。

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