2015年5月28日木曜日

過熱するオーストラリアの潜水艦商戦。日本の商機は?

日本単独から日独仏の競争入札へ

これまでも「オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つワケ」「日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情」と、オーストラリアの次期潜水艦と日本の潜水艦輸出の可能性についてお伝えしてきましたが、ここにきて事情がだいぶ変わってきました。

昨年末にオーストラリアのジョンストン前国防相が、潜水艦の建造に携わる国営企業ASCについて、「カヌー造りも信頼出来ない」と発言した事で批判を受け、辞任に追い込まれました。それまで日本から潜水艦の輸入を計画していたと報じられていましたが、国防相辞任を受けてアボット内閣は外国との共同開発・生産を行う方針に切り替え、コンペによって今年末までに潜水艦を決定する事になりました。

このコンペにはドイツとフランスが手を挙げ、日本も参加する方針と伝えられています。日独仏の3カ国によるコンペという形になるようです。数百億ドル規模とまで言われている「オーストラリア海軍史上最大の計画」獲得に向け、3国の熾烈な戦いが始まります。

そこで今回は、各国の提案や施策がどのようなものになるか、現時点でわかっている事をまとめた上、比較してみました。


ベストセラー潜水艦の大型化を提案するドイツ

今回の入札に対して、ドイツ鉄鋼・機械大手ティッセン・クルップのグループ企業、ティッセン・クルップ・マリンシステムズ(TKMS)は、U214型潜水艦を基に大型化したU216型を提案しています。原型のU214型はTKMSの輸出用潜水艦の最新モデルで、前のモデルである209型は50隻以上が海外に輸出され、戦後世界で最も普及した通常動力潜水艦です。

ドイツ提案のU216型潜水艦(TKMSサイトより)

U216型は永久磁石を採用する事で従来よりモーターを小型軽量化し、鉛電池より蓄電性能に優れたリチウムイオン電池を採用する等、新機軸を採り入れています。日本との単独契約が伝えられていた頃のオーストラリアは、リチウムイオン電池推進に関心を持っていたと伝えられているので、最新のドイツ潜水艦の特徴であった燃料電池でなく、リチウムイオン電池を搭載してきたのは、大きなアピールポイントになるかもしれません。

潜水艦の輸出大国であるドイツは、豊富な海外輸出経験に加え、高い技術力を持つなど、有力な対抗馬と言えます。


原子力潜水艦の通常動力型を提案するフランス

フランスのDCNSが提案する潜水艦は、現在フランス海軍向けに建造が進められている次期原子力潜水艦シュフラン級(計画名バラクーダ型)の船体を基に、機関を通常動力型に変更したものを提案しています。

フランスが提案するバラクーダ型の原型の原子力推進型(DCNSサイト(PDF)より)

原子力から通常動力に変更されることで、どのくらい原型から変わるのかはまだ明らかではありませんが、原子力型では静粛性に優れたポンプジェットプロペラ推進を採用し、特殊部隊の作戦も考慮した居住スペースを設けており、将来の改良についても柔軟に行える事をウリにしています。



日本の提案と有利なポイント

日本の提案は明らかにされていませんが、オーストラリア側がそうりゅう型潜水艦に興味を示していた事、日本はそうりゅう型そのままの輸出に抵抗を持っていたと報じられていた事から、そうりゅう型を原型としたオーストラリア向け仕様の潜水艦になるのではと推測されます。

海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦(海自写真ギャラリーより)

日本が有利な点としては、オーストラリアへの潜水艦技術の輸出にアメリカ側から好意的な反応がある事です。オーストラリア海軍は装備やシステム面でアメリカとの関係が強く、アメリカの協力が得られるならば日本にとり大きな「援軍」となる上、日本も秘密の多い武器システムを渡す事は避けられるので、日豪両国にメリットがあります。

また、オーストラリアが望んでいる水中排水量4,000トン級の通常動力型潜水艦の建造・運用実績は、日本以外に無いのも強みと言えるでしょう。ドイツとフランスも設計案は出しているものの、以前も拙稿「日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情」でお伝えした通り、オーストラリアは過去に潜水艦、防空駆逐艦調達で実績の無いペーパープランを採用して多数のトラブルに見舞われています。高い買い物の潜水艦で、これらの轍を踏む事は避けたいところでしょう。

気になるのは、そうりゅう型の特徴とされるスターリング機関をどうするかです。スターリング機関は非大気依存推進(AIP)機関の一種で、外気を取り込まずに推進力を得る事が出来ます。通常動力型潜水艦の水中での活動時間を向上させる効果があると考えられており、そうりゅう型ではディーゼル機関の補助として搭載されています。しかし、海上自衛隊の次期潜水艦ではスターリング機関を搭載せず、リチウムイオン電池を採用する事で飛躍的に性能が向上すると報じられており、スターリング機関は過渡的な機関として終わる事になりそうです。オーストラリアも過渡的なスターリング機関ではなく、リチウムイオン電池の搭載を望むかもしれません。


受注に向け動いている独仏


元々は日本と単独契約すると伝えられていただけに、日本有利なポイントもある潜水艦商戦ですが、油断はなりません。すでにライバルは受注に向けた布石を打っています。

フランスのDCNSは昨年11月、オーストラリアに現地法人を設立しました(DCNS公式リリース)。狙いはもちろん次期潜水艦です。現地法人設立にあたっては、アンドリュー豪国防相の訪問を受けています。

ドイツは更に踏み込み、TKMSによる豪ASCの取得を検討しているとIHS Jane'sが伝えています(IHS Jane'sリンク)。ASCはその技術力が疑問視されてはいますが、オーストラリアで潜水艦の保守整備を行うのには欠かせない企業です。ASCを手中にすれば、TKMSは製造から保守サポートまで一貫した提案が可能になり、商戦にあたっての強みとなるでしょう。

独仏が既に大きく動き出している中、日本は政治的な繋がりはあるものの、獲得に向けた具体的な施策では出遅れているのではないでしょうか。オーストラリアは防衛分野でアメリカに次ぐパートナーとなると見られているだけに、今回は是非とも日本案を採用してほしいところ。そのためには、日本も思い切った提案が必要になるかもしれません。



【関連記事】

「元艦長に聞く、潜水艦の世界」講演要旨
海上自衛隊の元潜水艦艦長による講演の要旨。日本の通常動力潜水艦の運用や、その優位点、性能等の貴重な話です。


「日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情」
オーストラリアが日本の潜水艦を欲する事情として、過去の艦艇調達プログラムの失敗について紹介。


「オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つワケ」
オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つ理由について解説した過去記事です。理由はオーストラリアの広大な排他的経済水域にありました。


【関連書籍】





2015年5月22日金曜日

文民統制は戦争の歯止めになるのか?という話

「文民統制」の話ですが、本論に移る前に、一見相応しくない話をします。

ドローン中継を各地でしていた15歳の少年が逮捕されましたね。この少年は動画配信を始めてから学校を退学し、視聴者の煽りに乗せられるままに過激な放送を行っていたそうです。親がPC没収、小遣いの打ち切りに出ても、ネット経由で視聴者が金銭やPC、ドローンを与えて放送を続けさせた結果、今回の逮捕という結末になりました。人生を狂わされた少年が支払った代償は計り知れませんが、煽った視聴者は責任を問われる事もなければ、なんの代償も払う事はないでしょう。

放送で楽しんでいたという点で少年も視聴者も同じですが、両者が負担するコストには、あまりに大きな不均衡が存在しています。この点を踏まえて、文民統制の話に移ります。



軍の暴走を抑止する文民統制

安全保障関連の法律の改正、制定が続いております。先日も防衛省設置法が衆議院で採決されました。

 防衛省の内局官僚(背広組)と自衛官(制服組)を対等に位置づける同省設置法改正案が15日の衆院本会議で採決され、与党と維新の党などの賛成多数で可決、参院に送付された。民主党などは「文民統制(シビリアンコントロール)」を弱めるなどとして反対した。



防衛省設置法改正を巡る議論の焦点は、防衛省内で内局官僚(背広組)より立場が下だった自衛官(制服組)を、背広組と対等の関係にする事でした。これにより自衛隊運用の効率化を図るとしていますが、野党からは文民による統制、シビリアンコントロールが弱まるという批判が出ています。

ここで、文民統制とはなんなのか、一度振り返ってみましょう。


「文民統制(シビリアン・コントロール)とは、『議会に責任を負っている大臣(文民)が軍事権をコントロールして、軍の独走を抑止する原則』です。(中略)簡単に言えば、自衛隊が独り歩きして、戦争をすることを防ぐためです。」




文民統制は「軍の独走」を抑止する原則で、戦争を防止するための機能を持つということです。野党は制服組の発言力が高まる事で、文民統制が弱まると懸念しているのです。

このような野党の批判に対し、今回の改正は防衛省内の「文官優位」を是正するもので、政府による文民統制はむしろ強まるという反論が政府からされています。

この政府・野党の文民統制を巡る議論を見てみると、文民統制が「軍の独走」を抑え、戦争を抑止する働きを持つという認識を、政府・野党は共有している事が分かります。



戦争に突き進む、好戦的な文民統制

しかし、本当に文民統制が戦争を抑止するのでしょうか?

この命題に対し、国際政治学者の三浦瑠麗氏はその著書「シビリアンの戦争――デモクラシーが攻撃的になるとき」で、民主主義が確立した国で文民が主導する「成熟したデモクラシーによる戦争」がしばしば行われている事を指摘しています。

「アルゼンチンに負けるはずの戦争」として軍が反対したフォークランド紛争、抑制的だった軍にホワイトハウスのタカ派が圧力をかけた湾岸戦争、戦争のコストが低く見積もられていると陸軍や海兵隊が激しく反対したイラク戦争、93%の国民が戦争を支持した第二次レバノン紛争……。三浦氏はこれら民主主義国による戦争で、「抑制的な軍」「好戦的な文民」といった構図があり、抑制的な軍を押し切って文民が戦端を開いた事を明らかにしています。文民統制がしっかしりているからこそ、軍事のプロフェッショナルである軍が反対しても、アマチュアである暴走した文民の意向に軍は従う他ありません。

市民の前で整列する自衛官(筆者撮影)

特定の国の特殊例だという意見もあるかもしれません。しかし、過去の日本にもこのような例は存在します。日清戦争が開戦に至った理由を、日本国内の「衆意」の存在に求める研究があります。政権内の対清強硬派の存在に加え、当時の強硬論を唱えるジャーナリズムがあり、総選挙を控えた伊藤内閣は戦争に踏み切らざるを得なかったというものです。このように、好戦的な文民による戦争は普遍的に見られるようです。

軍の暴走による戦争は抑止するが、文民の暴走による戦争は抑止できない。これが文民統制の限界なのです。



文民による戦争を防ぐには

好戦的な文民による戦争を防ぐにはどうすればよいでしょうか。三浦氏はデモクラシーを「共和国」に近づけることを提案しています。ここでいう「共和国」とは、政策決定への自由な参加とその結果を応分に負担しあう国家像の事を指します。イラク戦争では戦争を始めたのは文民でしたが、大量の戦死者という形で犠牲を払ったのは軍人でした。このように文民と軍人の間で、負担の不均衡が生じており、それによって文民による戦争への敷居が下がっているのです。

三浦氏は「共和国」提案の中で、軍の経験や価値観を共有する国民を増やすため、緩やかな徴兵制の復活といった刺激的な具体策を挙げています。徴兵制復活は議論の余地が大きいでしょうが、文民が戦争の結果を応分に負担する方策と言うと、他に思いつきそうにありません。なにせ、軍人のかけるコストは命なのですから。

しかし、現実的に徴兵制は世界から消えつつあります。こうなった場合、それ以外の方法で「抑制的な文民」を実現する制度を構築する必要があります。一つの解として、憲法9条のように、戦争による問題解決をあらかじめ禁止しておく方法もあるでしょう(9条は武力の保持も禁止していますが、それはひとまず置いておくとして)。しかし、先にあげられたフォークランド紛争のような主権の侵害に対する反撃となると、現在離島防衛が議論されている事などを踏まえると、いささか9条でも抑止効果は期待出来ないのかもしれません。

人が抑制的であるのは難しい事だと思います。ましてや、自分のよく知らない事なら、過激な選択にブレてしまう事もあるかもしれません。この問題の解決策にならない事を承知の上で言いますが、実質的なコストを払う側にもう少し意識を向けてみてはどうでしょうか。冒頭に挙げた少年も、視聴者がそうだったなら違った結末もあったのかもしれません。

図らずも一人の少年に民主主義国家の戦争の縮図を見ました。応分なコストを引き受ける覚悟、貴方にはありますか?


【関連】


三浦瑠麗「シビリアンの戦争――デモクラシーが攻撃的になるとき」

正直に書くと、これが岩波から出たのか、と驚いたくらい刺激的な本です。

文民的な政権が戦争に走る。それも国民に不人気な予備役動員をしない等の制約を付けるものだから、代わりに戦地で軍人が死に、戦争の政治的目標も達せられないという例すらあり、文民が起こす戦争の醜さを描き出しております。文民統制を考える上で必読。




大谷正「日清戦争」 (中公新書)

近代日本最初の対外戦争である日清戦争のコンパクトな通史。

東学党の乱に出兵したものの、部隊が着いたら既に乱は収束してて、振り上げた拳を下ろす先が無いから撤兵出来ない。世論は強硬論で総選挙前、もう収拾には開戦するしかないという、グダグダな経緯が簡潔に分かります。そりゃ、開戦の50日前でも、中国沿岸を当時まだ小さい日本海軍がのんびり航行してるワケだわ。

軍部の独走などで語られる事の多い日本の戦争ですが、元老がいて政府が機能していた明治でも文民的な戦争がありましたという点で、今読むと考えさせられるものがあります。



2015年5月6日水曜日

遂に硫黄島でも携帯が使えるようになった(なる?)らしい

既にツイートをしていますが、どうやら硫黄島(下Google Maps)で携帯電話が使えるようになったらしい。あの絶海の孤島で、だ。





第二次大戦の激戦地である硫黄島は、戦後しばらくはアメリカ統治下にあり、1968年に日本に返還されたものの、現在まで一般人の立ち入りは制限されていて、居住しているのは駐留する自衛隊員や工事を請け負う建設関係者くらいしかいない。

Wikipediaで「硫黄島」を読むと、通信事情についてはこう書かれている。

2013年現在、島内に携帯電話基地局は存在せず、また周辺からの電波も届かないため、島内で通常の携帯電話は圏外となる。移動通信は衛星を使ったサービスに限られる。


2013年現在だが、住民もたいしていない硫黄島にキャリアが携帯基地局を設置するメリットがあるとは思わなかったので、今もそのままだろうと思っていた。

ところが、防衛省の入札情報を調べていたら、平成25年8月1日付けでこんな案件があった。

東京都小笠原村硫黄島における在島隊員の福利厚生及び来島者の利便性を確保するため、携帯電話サービスのための携帯電話基地局の設置事前調査及び設置工事を行う業者ついて、次のとおり募集します。



なんと、硫黄島への携帯電話基地局の設置調査と工事についての入札だ。海上自衛隊は硫黄島で携帯を使えるようにしたいらしい。

更に調べると、株式会社若電という会社が、2014年の工事実績に「硫黄島無線基地局新設工事」を掲載していた。どうも応札したキャリアがあり、工事も既に行われていたようだ。

国関連の仕事だと、やはりNTTドコモかと思い、ドコモのカバーエリアを調べたが硫黄島には何もない。ならばKDDIかと思って調べたが、これも未カバー。じゃあ、応札した会社はいなかったのか……と思ってたら、まさかのソフトバンクがカバーしていた。


ソフトバンクがカバーしている硫黄島(ソフトバンクサイトより)
2015年5月5日現在、ソフトバンクのサイトでは「2015年4月以降に拡大予定のサービスエリア」となっており、サービスインしているかは不透明だが、仮にしてなかったとしてもごく近い将来サービスインすると思われる。今まで絶海の孤島だった硫黄島でも、島内のほとんどの地域でスマートフォンが使えるようになる。

この事は、従来から行われている遺骨収容にも良い影響を与えるかもしれない。既に当ブログでも、「戦艦武蔵発見で考える海没遺骨とその尊厳」「今なお百万柱が眠る海外戦没者と遺骨収容」といった関連記事を伝えているが、硫黄島でも1万2千柱の戦死者の遺骨が収容されずにいる。

島内のほぼ全域で携帯電話が使えるようになれば、駐留隊員の福利厚生の向上の他にも、今後の遺骨収容事業を進める上で有益である事は想像に難くない。通信事業者として、基地局設置を行ったソフトバンクの英断を称えたい。



【関連】