2015年1月22日木曜日

海外での自国民人質事件。各国はどう対応するか?

イスラム国を自称するテロリスト集団が日本人2名を人質に、日本政府に2億ドルの身代金を要求する事件は、皆様はご承知の事と思います。期限の72時間まであと1日ほどですが、まだ事態の解決には至っていません。



世界の合意は「身代金を払わない」。でも本音は?

さて、このような人質事件に対して、国際社会はどう対応する事を求めているのでしょうか?

国際的には「身代金は払わない」原則が既に存在しています。2013年6月に北アイルランドで開かれた主要8か国首脳会議(G8サミット)の中で、「我々は、テロリストに対する身代金の支払を全面的に拒否し,世界中の国及び企業に対し,我々の後に続き,テロリストにとり格好の他の収入源と同様に身代金を根絶させるよう求める」との共同声明が出ています。世界の主要国では、テロリストに対する身代金は拒否すべし、というコンセンサスが確立しているのです(リンク:外務省によるG8声明仮訳)

2013年のG8サミットでの各国首脳

このような声明が出た背景として、2010年以降から北アフリカから中東にかけて、欧米人をターゲットにした身代金目的の誘拐事件が相次いだ事が挙げられます。身代金はテロ組織の有力な資金源であり、身代金を払う事で新たなテロを生み出すとして、その根絶に各国が合意したのです。

しかし、建前と現実は違います。この声明のわずか4ヶ月後、G8に名を連ねるフランスに、声明に反する疑惑が浮上します。



身代金を払っても知らぬ存ぜぬを突き通すフランス

2010年9月、アフリカのニジェール北部アルリットで、フランスの原子力プラント大手アレバの従業員が、イスラム過激派組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」に誘拐される事件が発生しました。この事件は長期に及びましたが、3年後の2013年10月に解放され、人質となっていたフランス人男性4名は無事帰国する事になりました。

無事に人質が帰ってきたのは良いのですが、ここである疑惑が浮上します。現地の交渉チーム筋の情報として、フランス政府がAQIMに2,000万ユーロ(当時のレートで約26億円)以上もの大金を支払ったと報じられたのです。身代金の支払いについて、オランド大統領は支払いを拒否したと語っていますが、AQIMへフランス政府あるいはアレバから、巨額の支払いがなされていたのではないかと見られています。

この他にも、ごく最近もG8構成国による身代金支払いの疑いがあります。2014年7月にシリアで起きた急進的イスラム主義者集団のヌスラ戦線によるイタリア人女性誘拐事件は、今月に入って無事解放されましたが、こちらも1,200万ドルが身代金として支払われたと報じられています。

このように身代金を払わないと共同声明を出したG8の大国でさえ、裏では身代金を払って自国民を解放させる例があるのです。



過去の日本の対応。日本もフランス方式を行っていた?

では、過去の日本政府は、海外で発生した人質事件に対してどう対応していたのでしょうか?

まず、有名なものとして、1977年のダッカ日航機ハイジャック事件があります。日本赤軍のメンバーによりハイジャックされた日本航空機が、バングラディッシュのダッカ国際空港に着陸し、600万ドル(当時のレートで約16億円)の身代金と勾留中の9人の過激派メンバーの釈放を要求しました。この事件では、福田赳夫首相の「一人の人の命はこれは地球よりも重い」という方針の下で「超法規的措置」が行われ、日本赤軍の要求通りに600万ドルの支払いと6名が釈放されました(釈放されなかった3名は、自ら釈放を拒否したため)。

もう一つの例として、1999年8月に起きたキルギスでの日本人誘拐事件が挙げられます。日本人技師、通訳ら4名がウズベキスタン・イスラム運動(IMU)に誘拐されましたが、同年10月に解放されて無事帰国しています。この事件を巡っては、解決の経緯に不明瞭な点が多く、300万ドルの身代金がIMUと仲介者に支払われたと報じられています。しかし、日本政府は一貫して身代金の存在を否定しています。この事件で身代金が払われたとしたら、払っても支払いを否定する「フランス方式」を日本も既に行っていた事になります。



英米のようになれる国は少ないし、政府が関与しない事も

テロリストによる自国民誘拐に対して、毅然とした対応を取る国として例に挙げられるのがアメリカとイギリスです。現に両国は爆撃を止めなければ自国民を殺害するとのイスラム国の脅迫に屈せず、自国民が殺害されています。両国はテロには屈しないという強い姿勢を示しています。

しかし、この2国は全世界に在外拠点や同盟国、連邦構成国を持つ軍事大国である事は見過ごされがちです。米英は海外で自国民が誘拐されても、軍事力を用いて奪還を試みる手が使えますし、現に失敗に終わったものの救出作戦も行われています。世界のほとんどの国にとっては、海外の紛争地域で自国民が誘拐されたら、物理的に手も足も出す事は出来ず、必然的に取れる対応も限られてくるのです。

軍事力による救出が出来る国は限られている。写真は米海軍特殊部隊SEALS

自国民を誘拐された政府以外が、身代金を支払う事もあります。人質の雇用主の企業だったり、家族が身代金を支払う事自体は、多くの国で見られる事です(米国ではテロ支援で訴追される可能性アリ)。また、中東地域における人質事件では、カタールが存在感を持っており、カタール政府が仲介あるいは身代金を支払う事で、事件が解決されたケースも報じられています(ウォール・ストリート・ジャーナル「アルカイダ系組織、身代金が資金源-西欧政府も払う」)。カタールはこのような活動により、表立って人質交渉出来ない欧米に外交的な「貸し」を作っているのです。



今回の事件はどうなる?

今回の事件では、日本政府はどのような対応をとるのでしょうか? 安倍首相は事件を受けて20日に行われた記者会見の中で、イスラエルの記者による「身代金を払う考えはあるか」との質問にこう答えています。

 まず、本件に関しましては、先に申し上げたことに加えまして、先程、官房長官に対して、人命を第一に、対応に全力を尽くすよう、指示をいたしました。(略)今後とも人命第一に、私の陣頭指揮の下、政府全体として全力を尽くしていく考えであります。

いずれにせよ、国際社会は、断固としてテロに屈せずに対応していく必要があるだろう。協力して取り組んでいく必要がある、とこのように考えております。


「テロに屈しない」としつつも、質問された身代金の支払い意思についてはボカした回答です。まだ事態が進行中ですので、自ら行動を縛るような発言は控え、ボカす表現に留めたのかもしれません。無事に人質が解放された場合、身代金の支払いが水面下で行われていたかもしれません。

しかしながら、未だに中東の広範な地域で勢力を持つイスラム国に身代金を払う事で、イスラム国がより勢力拡大したり、テロの資金源となる事は否定できませんし、むしろ確実にそうなるでしょう。外交的には払っても知らぬ存ぜぬを押し通す事も出来ますが、莫大な額を支払った事実は変わりありませんから、それによりどれだけ世界に被害が生じるかは見当がつきません。

完璧な解は存在しない問題ですが、今救える自国民の命を助けるか、将来生じるかもしれない自国民あるいは外国人の命を優先するか、どちらをとっても苦い結果になりそうです。



【参考となるサイト、記事について】

英国が身代金を払わない理由。(ブレイディみかこ) - Y!ニュース

アメリカと並んでテロに強硬対応するイギリスについての話。イギリス人の中で、身代金を支払う事で次のテロに繋がり、もっと人名が脅かされるというコンセンサスが確立している事を簡潔に伝えています。


東京海上日動リスクコンサルティング「ニジェールにおける仏企業の人質解放と企業の対応」(PDF注意)

東京海上グループのコンサルティング会社による、ニジェールにおけるアレバ従業員誘拐事件の対応についてのレポート。


2015年1月16日金曜日

日本の防衛費過去最高を記録。近隣国と比較してみよう

14日に来年度予算が閣議決定されましたが、防衛費は3年連続の増額で過去最高となる4兆9801億円になりました。

これについて、中国政府の報道官が釘を差した事が報道されています。

安倍内閣が14日、閣議決定した来年度予算案で、防衛費は4兆9801億円で過去最高となりました。これについて、中国外務省の洪磊報道官は14日の記者会見で次のように述べ、日本政府をけん制しました。

「日本の軍事や安全保障分野における政策は、ずっとアジア諸国と国際社会が注視している。それは日本が平和発展の道を歩むかどうかの指標だからだ」(中国外務省 洪磊報道官)

出典:中国外務省、日本の防衛費拡大をけん制

最近の日中関係改善の動きを受けてか、好意的ではないものの、日本の軍事・安全保障政策を注視するという抑え気味のトーンです。過去に日本の防衛政策を批判する際はもっと刺激的でした。2013年度の防衛白書が公開された際の中国国防部報道官の発言を見てみましょう。

耿報道官はさらに、「日本は数年来、さまざまなことを口実に軍備を拡充して戦力を増強し、他国との合同軍事演習を頻繁に実施している。また、日本の指導者はたびたび無責任な発言をして、第2次大戦時の侵略の歴史を覆そうと企図しているが、こういった動向はアジアの隣国や国際社会に強い憂慮と警戒を引き起こさざるを得ない」と指摘。日本側に、侵略の歴史を反省して平和的な発展への道を歩み、実際の行動でアジアの隣国の信頼を得るように促した。

出典:中国国防部、日本の防衛白書に「強い不満と断固たる反対」を表明―中国

ここで報道官は日本が軍備を拡充していると主張していました。同様の発言は中国政府関係者や中国メディアから時折聞こえてきます。軍拡にはそれなりのお金が必要となりますが、現実に中国が言うような軍拡を日本はしていたのでしょうか? それを確かめる為、ここ最近の日本の防衛費の推移を、近隣の中国、韓国と比較して見て行きましょう。



単純な比較が難しい防衛関連費

各国の防衛費を比較する前に、各国の防衛費の考え方について注意しなければなりません。一言で防衛費と言っても、その単純な比較は難しいのです。と言うのも、各国の安全保障に対する考え方や組織の違いから、公表されている防衛費の内容は国によって大きく異なっているのです。

例えば、戦前の日本では現在の海上保安庁に相当する組織が無く、海軍が領海警備や治安活動を行っていました。現在のイギリスでも領海警備は海軍が行っておりますが(英沿岸警備隊は救助専門)、日本やアメリカ、中国、韓国等では海上保安庁、沿岸警備隊に相当する組織が領海警備を担っています。領海警備も海軍で行っているイギリスと厳密に防衛費を比較するなら、日本は海上保安庁の予算も防衛関連費として計算しなければ現実に即していないかもしれません。

そして、中国は他国と大きく異なり、防衛費がかなり特殊で分かりづらい組まれ方をしています。中国では公表される国防費の内訳に、装備の生産・購入費、研究開発費、準軍事組織である人民武装警察の費用等が含まれておらず、実質的な防衛費は公表値の2倍から3倍あると見られています。下の図のように、公表される国防費とは別枠で、軍事・防衛に関する様々な経費が組まれています。

中国国防費の概念図

このように、各国で公表される防衛費を一概に比較しただけでは、実態が見えてこないのです。



日米中韓の防衛費比較

ここまでで各国の国防費の比較が難しい事がご理解頂けたと思います。この記事では比較に使う国防費については政府公表値を用いず、国際的に評価の高いストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のSIPRI 軍事支出データベースを基にして、説明したいと思います。

まず、日米中韓の防衛費について、SIPRIが公開している2000年から2013年までの推移を見てみましょう。比較の為、全てドルに換算した額で表しています。

日米中韓の防衛費の推移

アメリカの圧倒的な防衛費が他を引き離していますが、中国も日韓を引き離している事が分かります。アメリカが全世界に戦力が展開しているのに対し、中国はほぼ極東地域に戦力を配置されていると考えると、日本周辺に投入可能な米中の戦力差は、金額ベースの差よりも縮まると思われます。

先のグラフでは防衛費の金額の推移を表していましたが、防衛費の変化を分かりやすくするため、2000年時点の各国の防衛費を100として、2013年までの変化をグラフ化してみましょう。


2000年を100とした、日米中韓の防衛費の推移

このグラフでは中国が飛躍的な伸びを見せており、防衛費は2000年から2013年までで8倍以上に増加しています。

また、中国の飛躍的伸びに隠れていますが、韓国の防衛費増加のペースも大きなものです。2000年比で約2.5倍にまで増加しており、額ベースでも日本の約7割と、日本と肩を並べる規模と言ってもいいでしょう。

他方、日本は2000年以降概ね横ばいです。2014年と2015年のデータはSIPRIの調査に反映されていませんが、ここ3年の日本の防衛予算の伸びは円安が進行している為、SIPRIのドル換算データ上は横ばいか減少になるかもしれません。

アメリカは2001年の同時多発テロ以降、対テロ戦争で防衛費は2倍以上に増えましたが、近年は米軍のイラク撤退もあり減少傾向です。今後、イスラム国関連で動きがあれば、また増額に転じるかもしれません。



身を切っての軍拡(?)の日本

ここまでで2000年以降の日本の防衛費が横ばいなのに対して、中国の防衛費が8倍以上伸びている点をご理解いただけたと思います。予算も増えずに軍拡はまず無理だという事は説明不要でしょう。

しかしながら、中国メディアが伝えている「日本の軍拡」では、全通甲板を備えた護衛艦「いずも」や、水陸両用車を配備した水陸両用団の創設等を実例として挙げています。ところが、それらの新装備や新部隊の導入前後に、自衛官の大幅な削減や、戦車や火砲等の正面装備が大幅な削減を受けている事を触れていないか無視しているものばかりです。ここ10数年の自衛隊の変化は、中国が主張するような「軍拡」ではなく、任務の変化に伴う「再編」と言うべきものでしょう。

近隣国の軍拡に際しては、様々な手段でバランスを取る事が平和の達成に重要になります。防衛費を見れば、極東地域で相対的に日本の軍事力が低下しているのは明らかなのですから、「日本の軍事力強化」とされるものが再編に過ぎず、むしろ各国との協調を重要視している事をもっと国際的に強調しても良いのではないでしょうか。



【関連書籍】

茅原郁生「中国軍事大国の原点―鄧小平軍事改革の研究」

先に引用した中国国防費の構造等の基礎的なデータも豊富ですが、中国が現在の軍事大国となる原点を80年代の鄧小平による軍改革に求め、その改革と残された課題が主要テーマとなっております。軍組織・制度に多くを割かれており、分からない事があったらまず頼ります。


竹田純一「人民解放軍―党と国家戦略を支える230万人の実力」

巨大な組織である人民解放軍を知るための、最もコンパクトにまとまった本だと思います。軍の組織から政治との関係、陸海空軍と宇宙開発、兵器輸出と幅広いテーマに対応。現在の人民解放軍を知るのに良いと思いますが、出てから7年経ちますので、そろそろ続刊が欲しいところ。


浅野亮、山内敏秀「中国の海上権力 海軍・商船隊・造船~その戦略と発展状況」

中国絡みの海上紛争で話題に上るのは、中国海軍と中国海警、そして中国の民間船舶と実に多くのアクターが存在します。この本では、中国海軍に留まらず、商船隊や造船能力と言った、中国の海のパワーについて論じております。


2015年1月11日日曜日

2015年第1空挺団降下訓練始めに現れた「走る茂み」

5年ぶりに第1空挺団の降下訓練始めを見てきましたが、今年は異様なのがあったので、取り急ぎYouTubeとニコ動にアップしました。






正体は73式小型トラック(1/2tトラック)が迫撃砲か何かを牽引しているものだと思いますが……。ちなみに、素の状態が下。

73式小型トラック(1/2tトラック)の素の状態

空挺団の擬装は以前から割りと凝ったものでしたけど、今年のは猫バスというか、祟り神というか……。下の写真は動画からの切り出し写真。

2015年の茂み


5年前の2010年はこんなんでした。これでも気合入ってますが、運転している隊員の肩から上は見えたんです。

2010年の茂み


来年はどうなっているんだろ(小声)。