2014年10月25日土曜日

世界36位のスパコンを見に行くの巻

東京大学の柏キャンパスで毎年恒例のオープンキャンパスに寄ってみたら、世界スーパーコンピュータランキング36位(現在)のOakleaf-FXが公開されてたので見てきました。

計算ノード
Oakleaf-FXは東京大学柏キャンパスに設置されているスーパーコンピュータで、文部省のスーパーコンピュータ計画で開発された「京」を商用化した、富士通のPRIMEHPC FX10が製品としての名前です。

計算ノード
2014年5月に発表されたスーパーコンピュータ世界ランキングトップ500によれば、世界36位の計算能力を持つそうで、2012年6月に最初にランクインした時は18位でした。これは世界で日々強力なスーパーコンピュータが稼働を始めているからで、来月発表の最新トップ500では、また何位か順位が落ちるだろうという話です。

ストレージ部
これはストレージ部の写真ですが、データの保存に使うのではなく、二次記憶装置として一時的にデータが置かれる装置だそうです。新しく計算始める度にまっさらにして始めますが、それでも全体で1PBの容量を超えています。一般的なパソコンの容量の、およそ1000倍の容量。

共有ファイルシステム
ちょっと記憶が曖昧ですが、他大学等の外部とファイルを共有するためのストレージ部。筐体の上にシートがかかってますが、普段はこれを出入口に垂らして冷却効率を上げます。下の金網のところからガンガン冷気が来ています。

IBM テープ装置
IBMのテープ装置です。あまり頻繁に使われないデータは、テープに記録して長期保存されます。テープ1本あたり4TBの記憶容量があり、それがペタバイト分、内部にカートリッジがあります。

テープ装置内部
テープ装置内部の写真です。中にテープカセットが何本も保存されており、逐次データを記録していきます。テープ交換のたびに中をカセットが動く様が見れるそうですが、この時は見れませんでした。

UPS
ストレージ・システム用の無停電電源装置(UPS)です。大型の冷蔵庫並の大きさが有ります。中身はバッテリーで、停電時に共有ファイルを置くストレージを駆動させ続け、データを退避・保存させるだけの時間を稼ぎます。計算ノードにはUPSが無いので、停電したら計算は止まります。

ラックの中
ラックの中を見ると意外とスッキリまとまってますが、右の黒いパイプに注目。

水冷用のパイプ
冷却用の水の循環パイプです。計算に伴う熱を水で冷まします。

計算ノードの基板
計算ノードの基板です。1枚の基板に16コアCPUが4つ、メモリスロットが32本あり、1つのCPUに対して32GBのメモリが充てがわれます。銅色で巡るパイプは、これも冷却用の水パイプです。

冷却部
冷却部を拡大すると、この銅パイプが銅製ヒートシンクにハンダ付けされているのが分かります。一箇所一箇所手作業なので、これはえらい手間です。


冷却水の熱交換器のパイプ
装置の大部分は液冷ですので、冷却水を冷やす熱交換器が必要になります。この熱交換器は水温7度で水を送り、各機器を冷却して水が戻ってくると19度にまで上がっているそうです。最大で毎分3,200リットルの水量が流れます。この他、空冷の機器もあるので大型空調が何台も設置されており、計算室はガンガンに冷えています。

Oakleaf-FXは年間2億円の電気代がかかるため、外部への計算ノードの貸出にあたっては電気代を払ってもらうそうです。システム本体の価格については、契約上レンタルの形式を取っているので、正確な所は分からないそうです。

一番リソースを使用している研究は何かと質問したところ、即答は出来ないそうですが、概ね宇宙線関係、大気、海洋、気象といった規模の大きいモノに対する計算をする研究室がもっと計算ノードを必要としているところだそうです。システムの利用率も80%を超えているそうで、世界36位の計算能力でもギリギリまで使っているとか。メーカーの富士通では、FX10の後継機を開発しており、JAXA向けが今月稼働の予定でしたが、納期が遅れているそうです。

普段なかなか見れない物を見れて、大変おもしろかったです(小並感


その他、オープンキャンパスで見聞きしたもの等。

邪悪
邪悪な陰謀の臭いがする。

だって偶蹄類だもの

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> だって偶蹄類だもの <
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森林化で生物相が貧弱になるという話でしたが、間伐して光が入るようにしても、間伐した森にシカが大量にいると逆に生物相が貧弱になり、土壌が流出したりするという悪い影響があるという話はへ~となりました。


生協にて

「生協の白石さん」以降、この手の無理難題増えたような気がする昨今。


海洋研究棟の前には魚が大量に。サメがたくさんです。この棟には寿司屋も入っている。

他の棟でも都市型ハクビシンの研究の話を聴けたのが面白かったですね。ハクビシンは見つかってもすぐに駆除されるので、詳しい生態がよく分かっていないそうです。配管のある屋内に普通に暮らしている様子のビデオや写真などが面白かったです。

そして、千葉県北西部のタヌキ、ハクビシン、アライグマ、アナグマの生息状況に詳しくなったので猟期に使えると思いましたが、考えてみれば今年は千葉県で罠猟申請取ってなかったので捕れない事に今気付いた。唯一、網で獲っても良い哺乳類であるノウサギが柏キャンパスの農園や花壇を荒らして何も植えられない花壇もあるそうなので、人助けとウサギ網でも仕掛けようか……。

オープンキャンパスは24、25日で終わりでしたので、次の機会はまた来年。今回はあまり見れなかったので、次回はもっと早く来たいですね。




2014年10月23日木曜日

エボラ対策で自衛官が派遣される米アフリカ軍とは

西アフリカでのエボラ出血熱の流行が留まることを知らず、国際的な対策が急がれています。こうした中、アメリカ軍のアフリカ軍司令部に自衛官を派遣する事が報道されました。

 防衛省はエボラ出血熱の対応のため、ドイツのアメリカ軍司令部に自衛隊員を連絡要員として派遣することを検討していることが分かりました。

防衛省は、ドイツのシュツットガルトにあるアメリカ軍のアフリカ軍司令部に自衛隊員を連絡要員として派遣し、情報収集などを行って、今後どういう支援活動ができるか調査する考えです。ただ、防衛省幹部は「自衛隊ができる活動は限られている」と話していて、西アフリカへの部隊派遣はめどが立っていません。


最初に「米軍に自衛官派遣」と速報で聞いた際、自衛官がアフリカに行くのかと身構えましたが、続報でドイツのシュツットガルトにあるアフリカ軍司令部だと詳細が判明し、少々安堵しました。当面は連絡業務や情報収集にあたるようで、それを受けて西アフリカ派遣への派遣を含む協力を検討するようです。

ドイツのシュツットガルトのアメリカアフリカ軍司令部(2008年米アフリカ軍撮影)

ところで、このアメリカ軍なのにアフリカ軍、アフリカ軍なのに司令部がドイツにあるのは、ちょっとややこしいですね。この「アフリカ軍」は、アメリカの世界戦略や、日本のアフリカへのコミット強化にも関連してくる重要な存在なのですが、あまり知られておりません。この機会に紹介してみたいと思います。



6地域3機能からなるアメリカ統合軍

アメリカ軍は陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4軍から構成されています(沿岸警備隊を含め5軍とする事もあります)。しかし、それぞれの軍種間の連携不足や、セクショナリズムが度々問題になっており、実際の軍事行動においても障害となる事がありました。第二次大戦後、陸海軍を統合して運用する常設の司令部が地域毎に創設されますが、軍の運用指針の策定や調達は4軍がバラバラに行っており、作戦時も各統合軍は統合参謀本部からの指揮を受ける形になり、統合軍に組み込まれていない部隊は各軍の長に指揮権があるなど、統合のメリットを活かせないでいました。このような不完全な統合による問題は、1980年のイラン大使館人質救出作戦の失敗や、1983年のグレナダ侵攻での連携不全として明らかになります。


イラン大使館人質救出作戦時に事故で炎上した輸送機の残骸

これら統合の問題を受け、1986年にゴールドウォーター=ニコルズ法が制定されます。この法律により指揮命令系統が整理され、統合参謀本部議長と各軍の長からなる統合参謀本部は指揮系統から外され、戦略立案における大統領や国防長官への助言者となりました。この結果、指揮命令系統は「大統領→国防長官→各統合軍」とシンプルになると共に、各統合軍司令官の裁量が強化される事になりました。

様々な変遷を経て、2014年現在のアメリカ統合軍は下のように地域毎に6軍、機能別に3軍から構成されています。

地域別
アメリカ北方軍(北米)
アメリカ中央軍(中東)
アメリカアフリカ軍(アフリカ)
アメリカ欧州軍(ヨーロッパ)
アメリカ太平洋軍(アジア・太平洋)
アメリカ南方軍(中南米)

機能別
アメリカ特殊作戦軍(特殊作戦)
アメリカ戦略軍(核兵器・宇宙軍・サイバー軍統括)
アメリカ輸送軍(戦略輸送)
統合軍の管轄地域(Lencer作成)

米統合軍で最も新しい米アフリカ軍

米統合軍の中で、自衛官が派遣される米アフリカ軍は最も新しい統合軍です。2007年2月6日に当時のブッシュ大統領がアフリカ大陸を管轄する新たな軍の創設の承認した事を発表し、「アフリカ軍」創設する事を国防長官に指示し、2008年10月1日にアフリカ軍が創設されました。それまでのアフリカ大陸における米統合軍は、欧州軍、中央軍、太平洋軍の管轄が入り交じっている状態でしたが、それらをまとめてアフリカ軍の管轄に一本化する事になりました(但し、エジプトのみ中央軍管轄)。アフリカ軍はアフリカにおけるあらゆる軍事作戦に責任を負いますが、その任務の多くは人道支援のような非戦闘目的のものが多いと言われています。

エボラ流行対策支援で、米軍が設置支援を行った医療チーム拠点
正式な創設に先立つ2007年9月には初代司令官として、アフリカ系のウィリアム陸軍大将が任命され、欧州軍司令部のあるドイツのシュツットガルトに仮司令部が入る事になりました。このシュツットガルトの仮司令部は、アフリカで司令部設置が出来るまでの措置だったはずですが、2008年10月の創設までに司令部設置を受け入れるアフリカの国が見つからなかった為、引き続きシュツットガルトに司令部が置かれる事になりました。2014年現在もアフリカ軍司令部設置に同意したアフリカの国は無く、当面あるいはずっとシュツットガルトに司令部が置かれる事になるかもしれません。



アフリカ重視を強める世界各国

では、なぜアメリカはアフリカ軍を新設したのでしょうか。その背景として、アフリカが戦略的に存在感を増してきた事が挙げられます。アフリカ軍創設が発表される1年前の2006年3月、アメリカ政府は「米国の国家安全保障戦略」を公表し、アフリカを優先順位が高い地域と位置づけました。アフリカ軍創設はこのようなアフリカ重視の姿勢の延長線上にあります。

アメリカがアフリカを重視するようになった理由として、天然資源とそれを巡る外交があります。アフリカの天然資源には各国が注目していますが、特に中国はアフリカ各国やアフリカ連合(AU)に対して積極的な資源獲得外交を展開しており、アフリカで影響力を増してきています。アメリカもアフリカからの原油輸入が今後増すと考えられており、中国への戦略的対抗上、アフリカへの影響力を強化する必要に迫られています。

AU本部ホール。2012年完成の新本部ビル建設費2億ドルは中国政府が出資

また、アフリカが未だに不安定な地域である事も理由の1つです。各地の武装集団、テロ組織、海賊等、アフリカは安全保障上の問題を数多く抱えており、世界的な脅威ともなっています。米アフリカ軍はアフリカ各国の国軍を支援する事で、地域の安定化を図る事も目的にしています。

地域の安定化の為に米アフリカ軍は軍事的な手段だけでなく、前述したように人道支援や、開発支援、民主主義の確立といった非軍事的役割も期待されています。事実、米アフリカ軍の人員の半数は、米国国際開発庁(USAID)や国務省、商務省等から出向した文民で構成されており、アフリカ軍司令官の副官1人は、国務省職員が就くポストとされているなど、他地域の統合軍と大きく異なります。このような文民は、軍の行動を支援しつつ、アフリカ各国への人道・開発支援といった非軍事的役割を期待されているのです。



日本のアフリカ関与とエボラ流行

このように世界がアフリカへと目を向けていますが、日本の現状はどうでしょうか。従来、日本は開発援助でアフリカ諸国へコミットしており、アフリカの開発をテーマとした国際会議であるアフリカ開発会議(TICAD)は、日本政府主導で20年以上続けているなど、経済的な関与は決して弱いものではありません。しかし、安全保障面の結びつきは弱く、2013年1月に発生したアルジェリア人質事件では、アフリカにおける安全保障・危機管理上の情報収集体制の不備が明らかになりました。事件を受け、在外大使館で安全保障に関わる情報の収集や現地政府と調整を行う防衛駐在官の増勢が議論されるようになり、平成26年度の防衛省の概算要求の中で、それまでアフリカ大陸で2カ国2名しか駐在していなかった防衛駐在官を大幅に増員するための予算が要求されました。

アフリカ地域の防衛駐在官の増員概要(防衛省「平成26年度概算要求の概要」より)


今回のエボラ出血熱流行では、創設間もないアフリカ軍がアメリカによる支援を支えており、アメリカのアフリカ関与強化政策が図らずしもエボラ流行防止に役立ったと言えます。日本は世界各地に部隊を展開するアメリカの真似は出来ませんが、現地での継続的かつ広範な情報収集を行う体制を整える事はより重要になってくると思われます。これまで重視された外交や経済に留まらず、テロやパンデミックに備えた危機管理の面でもアフリカ関与は重要な課題になってくるでしょう。

今回のエボラ流行で日本がどのような協力が出来るかはまだ分かりません。アフリカ軍司令部への自衛官派遣で、日本に出来る協力のあり方が見えてくれば良いのですが。


【参考資料・関連資料】


片原栄一「米国の対アフリカ戦略――グローバルな安全保障の視点から――」

防衛研究所の片原地域研究部長による米国の対アフリカ戦略の論考。第二次大戦後、アメリカ外交にとって優先順位の低い地域であったアフリカが、対ソ戦略や冷戦終結を契機に重要性とその戦略目的が大きく変わっていった過程を概説し、ブッシュ時に打ち出されオバマ政権に引き継がれた新たな対アフリカ政策に焦点を当てている。近年のアメリカの対アフリカ戦略を知る上で、ネットで読めるものでは一番良いと思います。










2014年10月16日木曜日

小型核融合炉実用化に挑むスカンク・ワークスとは?

アメリカの航空防衛機器大手のロッキード・マーチン社が、小型核融合炉を今後10年で実用化すると発表して話題になっていますね。


[ワシントン 15日 ロイター] - 米航空防衛機器大手ロッキード・マーチン<LMT.N>は15日、核融合エネルギー装置の開発において技術面の画期的進展(ブレークスルー)があり、10年以内にトラックに搭載可能な小型の核融合炉を実用化できると発表した。





技術的ブレークスルーにより、10年以内の実用化に目処が立ったようです。この技術的ブレークスルーを成し遂げたのは、ロッキード・マーチン先進開発計画(ADP)、通称「スカンク・ワークス」と呼ばれるチームで、1943年の設立以来、軍用機を中心として様々な先進的、野心的な開発計画に挑んでいます。今回は「究極のエネルギー」とまで言われる核融合炉の開発に挑む、スカンク・ワークスについて紹介したいと思います。



ドイツのジェット戦闘機に対抗する為に設立

第二次世界大戦中、ドイツが先行して開発したジェット戦闘機に対抗するため、1943年にアメリカ陸軍航空隊(アメリカ空軍の前身)がロッキード社(現ロッキード・マーチン社)の設計主任だったクラレンス・”ケリー”・ジョンソンにジェット戦闘機の設計を依頼します。ロッキードはジョンソンに専用のチームを組織させ、ジェット戦闘機の開発に当たらせました。ドイツのジェット戦闘機実戦投入が迫っていた為、迅速な開発が求められていましたが、ジョンソンは開発が始まった1943年6月26日から、わずか143日後の1943年11月16日に原型機を完成させる驚異的な速さで仕事を成し遂げました。この時に開発されたロッキードP-80シューティングスターはジェット戦闘機としての活躍期間は短かったものの、練習機型のT-33は半世紀以上に渡り各国で使用され、航空自衛隊でも2000年まで現役でした。

航空自衛隊のT-33ジェット練習機(航空自衛隊新田原基地サイトより)

スカンク・ワークスの由来

P-80の開発中、戦時下で工場がフル稼働していたため、ジョンソンのチームが設計を行うスペースに余裕がありませんでした。仕方なく、屋外にテントを張って設計を行う事になりますが、隣の工場から異臭が流れこんできて、テントには常に強い臭いが立ち籠めていました。ある時、テントで設計にあたっていたエンジニアが電話に出た際、「こちらスコンク(Skonk)・ワークス」と応じます。これは、当時の新聞に連載されていたマンガに、スカンクから酒を密造する工場が出てており、その工場の名前に自分たちのチームを引っ掛けたジョークでした。このジョークはたちまち同僚に広まりチームの愛称として定着しますが、著作権の関係から「スコンク」が「スカンク」に変更され、現在のスカンク・ワークスはロッキード・マーチン社の登録商標となっています。


スカンク・ワークスのロゴ(ロッキード・マーティン社サイトより)


数々の先進的プロジェクト

ジョンソン率いるスカンク・ワークスは、戦後も様々な先進的プロジェクトに関わります。高高度をマッハ3以上で飛行可能な超音速偵察機SR-71、冷戦期の偵察で活躍したU-2偵察機等の秘密が多い機体から、「最後の有人戦闘機」とまで呼ばれたF-104戦闘機等、数々の成功作を世に送り出しました。

ジョンソン時代のスカンク・ワークスの代表作、SR-71超音速偵察機(米空軍撮影)

ジョンソンが引退した後もスカンク・ワークスはステルス攻撃機F-117、ステルス戦闘機F-22、自衛隊も採用予定のステルス戦闘機F-35の開発で重要な役割を果たすなど、世界の航空界で存在感を示しています。また、ロッキード社の様々な開発計画に携わり、ステルス実験艦シー・シャドウの開発も行うなど、航空機に留まらない活躍を示しています。

ステルス実験艦シー・シャドウ(米海軍撮影)

このように半世紀以上に渡って航空機開発で世界を驚かしてきた開発者集団が、今度は核融合炉の実用化に挑みます。実用化に成功すれば、人類に計り知れない進歩をもたらす事になるかもしれません。ここは是非とも成功して欲しいですね。

【関連サイト】

ロッキード・マーティン社スカンク・ワークス公式サイト
http://www.lockheedmartin.com/us/aeronautics/skunkworks.html

スカンク・ワークスの公式サイトでは、スカンク・ワークス70年の歴史、関わったプロジェクトについて紹介されています。



【関連書籍】


ジョンソンの引退後にスカンク・ワークスを率いたベン・リッチによる書。スカンク・ワークスが関わった開発エピソードに留まらず、創造性を生み出すスカンク・ワークスをどう動かしているのか、という組織論にまで踏み込んでいる。オススメ








2014年10月15日水曜日

日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情

日本を念頭に進むオーストラリア次期潜水艦計画

武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則を制定し、日本が防衛装備品の輸出を事実上解禁して半年が経ちました。この半年で、早くもオーストラリアとの間で大型商談が浮上しています。今月16日に来日するオーストラリアのデービッド・ジョンストン国防相は、次期潜水艦導入に向けて日本側と協議を行うそうです。「オーストラリア史上最大の防衛調達プロジェクト」とも言われる200億ドルを投じる次期潜水艦計画は、競争入札を経ずに日本のそうりゅう型潜水艦を念頭に交渉が進んでいるとも報じられています。


そうりゅう型潜水艦2番艦「うんりゅう」(海上自衛隊ギャラリーより

オーストラリアが求めているのは、現用のコリンズ級潜水艦の代替となる、長期の作戦が可能な大型潜水艦です。これは、オーストラリアが世界でも有数の排他的経済水域を持ち、その防衛・警備の為に長期作戦可能な大型潜水艦を必要としている為です(詳細は拙稿「オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つワケ」を御覧下さい)。2014年現在、水中排水量4,000トンを超える大型潜水艦は原子力潜水艦を除くと、日本でしか製造・運用されておらず、オーストラリアの要求に応えられるのは日本のみという事になります。



ドイツの対抗案

ところが、戦後で最も成功した潜水艦輸出国のドイツが対抗案を出してきました。News.com.auによると、ドイツで潜水艦を建造しているホヴァルツヴェルケ=ドイツ造船(HDW)社を傘下に持つティッセンクルップ・マリン・システムズ(TKMS)社は、韓国、ギリシャ等で採用実績のある輸出向け潜水艦の214型潜水艦(水中排水量2,000トン前後)を基にした4,000トンの216型を提案するそうです。この提案ではオーストラリア国内で建造を行う旨が示されており、アデレードの造船所で潜水艦を建造する選挙公約を掲げていた現政権にとっては重要な点と言えます。報道では日本で潜水艦建造が行われた場合、3,000人の雇用が失われるとしており、野党を中心に日本からの購入に反対する動きが見られます。


韓国海軍の214型潜水艦「孫元一」(韓国海軍写真ギャラリーより)


対する日本はどのような方法でオーストラリアに潜水艦、あるいは潜水艦技術を提供するのでしょうか。日本国内で製造した潜水艦を輸出する方が日本企業の利益となりそうな上、情報保全の観点からは出来るだけ日本で製造したい思惑もありそうですが、そもそも潜水艦建造には高い技術が求められる為、容易に技術移転出来ないという問題もあります。

また、現代の潜水艦は特殊な鋼材を船体に用いている為、建造には高い溶接技術が求められます。中でも日本の潜水艦に使われている”NS鋼”は日本でしか使われていないので、NS鋼を溶接出来る技術者が国外にいません。潜水艦を建造する川崎重工では、溶接の8割以上をロボット化していますが、仮にこの溶接ロボットをオーストラリアに輸出して溶接技術者問題をクリアしたとしても、オーストラリアは高い初期投投資を行う事になります。もちろん、自国建造では国内産業へのリターンもあるので単純な比較は出来ませんが、輸入より割高な物になるのは避けられそうにありません。



過去に潜水艦で痛い目を見たオーストラリア

そして、過去に潜水艦建造で痛い目を見たオーストラリアの事情もあります。競争入札を経て採用された現用のコリンズ級潜水艦は、スウェーデンのコックムス社の技術をベースに、西欧・米国の様々なメーカーの製品を組み合わせ、オーストラリア国内で建造した大型潜水艦です。ところが、船体溶接の問題、騒音問題、戦闘システムの不具合などの様々な問題に悩まされ、その解決に多くの追加投資と時間を費やす羽目になりました。このような過去の失敗から、オーストラリア政府には自国の建造技術と、現物の無い設計案のみのプランへの不信感があるのではないかと思われます。また、オーストラリアと日本は安全保障上の関係を強化しており、日本から潜水艦を輸入する事で両国の結びつきを強めるという思惑もあるかもしれません。


オーストラリアのコリンズ級潜水艦(米海軍撮影)


ここまでのオーストラリアの事情と、各国の強み、弱みをまとめてみましょう。

オーストラリアが求めるもの:長期の作戦が可能な大型潜水艦。
オーストラリアが心配する事:コリンズ級の失敗を繰り返さない。国内雇用の確保。

日本の強み:大型潜水艦の建造実績が豊富。豪と安全保障関係強化中。
日本の弱み:海外販売経験が無く、サポート体制が未知数。

ドイツの強み:豊富な海外への販売実績とサポート体制。
ドイツの弱み:大型潜水艦建造経験無し。ペーパープランのみ。

また、オーストラリア国内では日本の潜水艦を採用することで、中国との関係悪化を懸念する向きが与党の中にもある点に注意が必要でしょう。競争入札を行わないで潜水艦導入を決める事への反対論も多く、14日に開かれた議会公聴会の外では日本を含む外国での潜水艦建造に反対する労働団体のデモも行われています。オーストラリア国内の状況によっては、日本との交渉も白紙になる可能性もあるかもしれません。

日本としても、秘密の多い潜水艦は出来る限り日本で建造したいところでしょうが、オーストラリアとの安全保障関係強化を優先して譲る所も出てくるでしょう。この場合、どこまで相手を信頼するかという難しい舵取りを日本政府は迫られそうです。



【関連記事】

「元艦長に聞く、潜水艦の世界」講演要旨

海上自衛隊の元潜水艦艦長による講演の要旨。通常動力潜水艦の運用や、その優位点、性能等の貴重な話です。



オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つ理由について解説した過去記事です。理由はオーストラリアの広大な排他的経済水域にありました。



【関連書籍】


浅野亮 (編集), 山内敏秀 (編集) 「中国の海上権力 海軍・商船隊・造船 その戦略と発展状況」

前述の元潜水艦艦長である山内氏による中国の海上権力の分析本。軍に留まらず、商船等の中国海洋勢力に言及している貴重な本です。


中村秀樹「これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社NF文庫)」

やや潜水艦びいきかなと思う点はありますが、海上自衛隊の元潜水艦艦長による著書で、海上自衛隊内での潜水艦の位置付けや乗員の訓練生活が分かります。


白石光「潜水艦 (歴群図解マスター)」

潜水艦とはなんぞや? という解説本において、歴史からメカニズム、運用まで一冊でカバーした手軽な入門書。



2014年10月11日土曜日

「候補」の敷居は低いノーベル平和賞

今年もノーベル賞のシーズンとなりましたが、青色発光ダイオードの開発で日本人がノーベル物理学賞を受賞した事は、喜びをもって迎えられていますね。青色発光ダイオードの開発は10年以上、候補と言われ続けて受賞を逃していましたから、それだけに喜びも大きなものでしょう。

そして、10日にはノーベル平和賞受賞者の発表があり、子供と女性が教育を受ける権利を訴えて、武装勢力から銃撃されたパキスタンのマララ・ユスフザイさんと、インドの児童人権活動家のカイラシュ・サティヤルティさんが受賞しました。2人の受賞理由として、子供や若者への抑圧に対する抵抗と、全ての子供が教育を受ける権利についての活動が評価されていますが、長らく対立を続けている印パ両国人に平和賞授与した事は、印パ両政府に対するノルウェー・ノーベル賞委員会のメッセージとも取れます。


オバマ大統領(2009年平和賞受賞)とマララさん


17歳で最年少の受賞となるマララさんですが、2012年に15歳で銃撃を受けた時は、世界中から銃撃に対する非難とマララさんの容態回復を願う声があがった事は日本でも大きく報じられました。物議を醸す事の多いノーベル平和賞ですが、今回は概ね好感を持って迎えられそうです。



日本国民は平和賞受賞を逃した?

ところがどっこい。マララさんの平和賞受賞に世界が沸き立つ中、不満そうな方がよりにもよって日本にいました。マララさんらと同じく平和賞候補にあがっていたとされる、「憲法9条を保持する日本国民」の落選を嘆く社民党の談話です。


1.本日、ノーベル平和賞にノミネートされ、最有力候補とされていた、「憲法9条を保持する日本国民」が惜しくも受賞を逃す結果となった。ノルウェーの民間研究機関・オスロ国際平和研究所が、「原爆などで甚大な被害を受けながら、戦争を放棄し平和のうちに復興を遂げた日本の戦後約70年間の歩みに共感する人は世界に多い。世界から歓迎されるだろう」としているなど、国際的にも期待が高まっていた。戦争放棄の「憲法9条を保持する日本国民」の代表として安倍総理に授賞式に出席していただけず、残念である。「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会はじめ多くの皆さんのこれまでのご努力に敬意を表するとともに、今後の運動の高まりに期待したい。



あー……。

普通、受賞を逃した場合は受賞者を称えてから、及ばなかった点をコメントするものだと思うのですが、談話には受賞者2人への言及は一切無く、ノーベル平和賞落選そのものについても「安倍総理に授賞式に出席していただけず、残念である」とあるだけで、安倍総理への嫌がらせと国内政治に利用したいだけで、ノーベル平和賞そのものに興味も関心も無いという本音を隠さないスゴイ内容です。仮に受賞したとしても、安倍総理が「憲法9条の精神に則り、今後も積極的平和主義を推し進め、世界の平和にコミットしていく」とでもスピーチしたら、社民党的にどうするつもりだったんでしょうか。

なお、憲法9条が「最有力候補」と言っていますが、ノルウェー・ノーベル賞委員会は選考過程を明らかにしていない為、もっぱら下馬評に過ぎません。談話で出てくるオスロ国際平和研究所ディレクターのハープビケン氏による予想では憲法9条が1位でしたが、この人は毎年3~5人の受賞者を予想していますが、あまり当たっていません……(今年は5位予想のマララさん受賞)。ちなみに、CNNではバチカン市国のフランシスコ法王を最有力としていました。このように「最有力」というのは、選考するノルウェー・ノーベル平和賞委員会委員の動向が不明な以上、かなりの希望が混じった憶測でしかないのです。

最有力候補だった? フランシスコ法王(撮影:Casa Rosada)

また、「憲法9条がノミネート」と伝えられる事も多いのですが、ノーベル平和賞を与えられる対象は個人または団体の為、正確には「憲法9条を保持する日本国民」がノミネートされています。元々は「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会という団体が、昨年の5月に始めた運動でしたが、憲法解釈変更で護憲運動に危機感が生じた事を背景として、今年に入って平和賞に候補とされた事が報じられると、運動が加速したという経緯があります。

しかし、国内の政治状況が自陣営に思わしくないからって、海外の威光を借りるのはどうなんでしょうか。先日も民主・社民党の議員が集団的自衛権の行使容認をしないようオバマ大統領に書簡を送るなど、国民を説得せずに海外の威光に頼るのは国民の代表としてどうなんでしょうね。そんな調子で、イラク派遣問題で"Show the flag"と言ったアメリカを批判できるんでしょうか。



敷居が低いノーベル平和賞「候補」

ところで、平和賞候補はどうやって決めているのでしょうか。ノーベル平和財団のサイトには、候補者を推薦する資格がある人の一覧がありますので、以下にまとめてみましょう。

  • 国会議員、閣僚
  • 国際裁判所裁判官
  • 大学学長。社会科学、歴史学、哲学、法学、神学の教授。平和研究機関や外交政策機関の役員。
  • ノーベル平和賞を授与された者
  • ノーベル平和賞を授与された団体の理事会役員
  • ノルウェー・ノーベル賞委員会の現役および元委員
  • ノルウェー・ノーベル賞委員会の元顧問

このいずれかの資格を満たせば、誰でも推薦でエントリーさせる事が出来る為、候補者になるための敷居はかなり低いです。先の社民党談話でも登場したオスロ国際平和研究所のディレクターであるハープビケン氏によれば、憲法9条を推薦したのは「大学教授らのグループ」だそうで、一番敷居が低いと思われる教授資格での推薦のようです。

平和賞候補と目される人は多く報じられていますが、ノルウェー・ノーベル賞委員会は候補者を明らかにしていません。しかし、推薦者が候補者を明らかにする例が多いので、どういった人が候補になっているのかおおよそ分かります。今年の例を挙げると、ロシアのプーチン大統領、マリファナを合法化したウルグアイのホセ大統領(推薦者:ドラッグ平和研究所)、アメリカによる情報活動を暴露したエドワード・スノーデンなど、平和賞与えていいものか判断に困る人達もいます。このように候補になるだけなら、ある程度の政治的意図を持った集団なら、自分の意思で出来るのです。


受賞者発表を受けての東京新聞のツイート。候補にあがるだけなら毎年出来ます


候補にするだけなら敷居の低いノーベル平和賞は、今年は過去最高の278の推薦があったそうです。今後もノーベル平和賞の威光を笠に着たい輩推薦資格者による候補者の推薦が増加するものと思われます。憲法9条を推薦した「教授らのグループ」も、毎年のように推薦し続ける事でしょう。



国際政治へのインパクトを重視する平和賞

今年の受賞者が印パ両国から出ていた事からも分かるように、ノーベル平和賞は政治的意味合いが強い賞です。他のノーベル賞が過去の実績に対して授与される賞であるのに対し、平和賞は未来への期待を込めて授与される事が近年目立っています。イスラーム主義を掲げる武装組織に銃撃されたマララさんへの授与は、勢力拡大を続けるイスラーム国(IS)を意識しているでしょうし、昨年の平和賞は現在も続くシリア内戦での化学兵器使用・拡散を防ぐべく活動する化学兵器禁止機関(OPCW)に授与されています。このように国際政治に与えるインパクトを考慮して選考されるのがノーベル平和賞なのですが、その中で憲法9条がどれほど国際的インパクトを与えられるでしょうか。不戦を謳った憲法9条そのものが素晴らしい事は論をまたないのですが、直近の国際問題解決にどれだけ憲法9条が寄与出来るのでしょうか。選考する側は国際紛争へのインパクトを考えているのに、そこに国内政争の為に憲法9条を推薦したところで、受賞すると思っているのでしょうか。

仮に憲法9条(を保持する日本国民)に平和賞が授与されるとしたら、それは今よりアジアの平和が脅かされている時になると思います。日本人にとり、無条件に喜べるものにはならないでしょう。


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