2013年9月30日月曜日

ネトウヨ・陰謀論者の肥やしとなる、自衛隊将官の陰謀論

2008年11月、アパグループが主催する懸賞論文への応募作の内容が問題となり、田母神俊雄航空幕僚長が更迭、退官することになった騒動は記憶に新しい。航空自衛隊の現職トップが、政府見解と大きく異なる歴史観の論文を明らかにしたのが物議を醸した訳だが、その「論文」内容のお粗末さは目に余るものがあった。

田母神論文で参考文献として挙げられた『盧溝橋事件の研究』の著者で現代史家の秦郁彦は、田母神論文における自著の恣意的な引用に不快感を表明し、総論として「論文というより感想文に近いが全体として稚拙と評ざるをえない。結論はさておき、根拠となる事実関係が誤認だらけで論理性もない」と酷評し、著書「陰謀史観 (新潮新書)」でも、田母神元空幕長の歴史観を陰謀論と認定している。後に防衛大臣となる森本敏拓殖大学大学院教授も「あの程度の歴史認識では、複雑な国際環境下での国家防衛を全うできない」と批判するなど、論文の程度の低さや事実関係誤認等、学識者から多々指摘されている。

田母神論文については、航空幕僚長の更迭といった事件を引き起こした事もあり、多くの学識者らによって俎上に載せられ、その内容のデタラメさが明らかにされた。しかし、田母神論文の他にも、自衛隊の元将官による稚拙な陰謀論の主張が見られる。ここではその一端を紹介するが、自衛隊の将官は200名以上おり、退官者も入れると相当数な数に登る。ここで紹介する陰謀論者、あるいはトンデモな将官は、将官の中の少数だとあらかじめ断りを入れておきたい。

上官の訓示を待つ自衛官(イメージであり、写真の部隊・隊員は本記事と無関係です)


民主党政権に北朝鮮の息のかかった在日朝鮮人議員が70人?

――2009年の民主党政権成立時、「朝鮮人政権である民主党政権」に70人もの在日朝鮮人議員が送り込まれた――。そう主張するのは、陸上自衛隊の化学戦の専門家で、幹部学校・第4戦術教官室長を勤め、平成元年(1989年)に退官した倉田英世元陸将補だ。現在は、WebメディアのJBプレスの執筆者として活動しているが、9月24日の「さらば韓国、反日を煽り続ける国とは断絶を」の内容が物議を醸した。その内容を見てみよう。

日本国内での在日朝鮮人工作は、帰化した在日朝鮮人である「なりすまし日本人」の活動が主体である。過去に想起した在日朝鮮人工作は、第1に、仲間を国会に送り込むことから始められ、2009年朝鮮人政権である民主党政権に、分かっているだけでも70人が日本の国会に送り込まれた。

2009年の衆議院選挙における民主党の当選者は308名だから、倉田元陸将補の弁では、当時の民主党代議士のおよそ4分の1が在日朝鮮人と言うことになる。かなり具体的な数字を挙げているが、所謂”ネット右翼”が主張している話と同じで、この手の主張の根拠を一度も見たことがない。倉田元陸将補はWebメディアで署名記事を書いている以上、何らかの根拠を持っていると思われるが、不思議なことにそれは明らかにされていない。”赤狩り”の時代、「国務省内の共産主義者のリストを持っている」と宣言したマッカーシー上院議員が、一度もそれを明らかにする事無く失脚したのを彷彿とさせる。2013年の衆議院選挙での民主党の再選は56人だから、単純に計算すれば今も10名以上の在日朝鮮人が民主党代議士にいるはずだが、現在の民主党議員から事実無根と訴えられても、訴えを跳ね除けるだけの根拠を倉田元陸将補はお持ちなのだろうか。

また、田母神論文と同様、倉田記事も事実関係の誤認が多い。突っ込みどころを挙げていこう。

日本はこの左傾化が進む韓国にいかに対処して行くかの政策を、日・米および東シナ海および南シナ海等周辺の自由圏諸国とともに、検討・確立。左傾化が止まらないうえに、対日関係の悪化を徹底的に追求しつつある韓国と、いかに対処して行くべきか、日本としての戦略を速やかに確立し、対応して欲しいというのが好日専門家の要請である。

倉田記事において、左傾化が進む韓国はより親中・親北になっていくと懸念しているようだ。しかし、日本の保守層に多く見られる誤解だが、韓国における保守派は伝統的に親中勢力であり、逆に左派・革新派は自らが韓国の民主化に果たした役割を自負しているために、非民主主義的体制である中国を軽視する傾向があるとされる(韓国内の政治勢力と中国の関係については、日本経済新聞の鈴置高史編集委員のコラム 「早読み 深読み 朝鮮半島」を参考にされたい)。日本における左右の認識を、そのまま韓国に当て嵌めようとして失敗しているパターンだ。でも、これはまだ可愛いレベルの事実誤認だ。

総選挙当日、日本では予想通りの異変が起こり、55年体制と言われていた自民・公明体制が敗北し政治運営に未知な「民主党新政権」の確立が援助され、中国・韓国・北朝鮮との国交正常化を後押しする社会世論を喚起させていくことが奨励され、一応の任務を達成した。

まず義務教育レベルの間違いとして、55年体制とは1955年以降の与党自民党・野党第一党社会党を占めていた体制の事であり、55年体制は1993年の細川連立政権発足で既に崩壊している。なお、公明党の成立は1964年であり、自公が連立を組むのは1999年以降で、公明党は55年体制とは関係が無い。民主党の政治運営の「未知」(原文ママ)を指摘する割に、倉田元陸将補の政治についての知識はかなり怪しい。また、ここでも北朝鮮らによる援助の根拠は語られていない。

NHK、フジテレビ、TBS、テレビ朝日、日本テレビなどが、韓国・北朝鮮から多大な影響を受けて自他ともに許し合いの下で継続している。これらのテレビ局、産経新聞、読売新聞を除く新聞界、世界、岩波などの左翼系雑誌がみな傘下に入っているのだ。

産経新聞、読売新聞を除く新聞社と、主要キー局は全て韓国・北朝鮮の傘下にあるそうだが、フジテレビは産経新聞と同じフジサンケイグループの企業であり、フジテレビの日枝会長は産経新聞社の取締役相談役を兼任している。同じく韓国・北朝鮮の影響を受けているとしている日本テレビも読売新聞グループ本社の傘下企業だが、なぜこの2社だけ「韓国・朝鮮からの多大な影響」から例外扱いで、グループ企業は韓国・北朝鮮の傘下なのか、まるで説得力が無い。

しかし1980年以降は、北朝鮮だけでなく、韓国に対しても北朝鮮指向の有能な若者を手なずけるのために、毎年平均で2400億の巨額の資金が流れ込んでいっていた。その金額のほとんどは、北朝鮮に忠誠を誓う大学生の援助資金に使われ、その総額は今日までに約2兆ウォンに達していると言われている。
元将官なのに、算数もできないのかと唖然となった。1980年から30年以上経過しているが、年平均で2400億ウォンの金が流れ、そのほとんどが工作資金に使われたなら、総額は今日まで7兆ウォン以上になるはずだが、倉田元陸将補の出した数字はその3分の1も無い。倉田元陸将補の論拠が不明だが、ソースから丸写ししたとしても数字の検証すら欠いており、酷い記述であると言わざるを得ない。

突っ込みどころを挙げると他にもキリがないが、ここらで止めておこう。だが、倉田元陸将補が可愛く見える将官がいる。倉田元陸将補は退役後にやらかしてるが、次は現役時代からアグレッシブだった。



制服着用でホメオパシーを称揚。水道水の塩素添加はGHQの陰謀

陸上自衛隊小平学校人事教育部長を勤め、平成22年に退官した池田整治元陸将補。現役時代から現在に至るまで、池田元陸将補はネット上の一部メディアで様々な主張を開陳していたが、そんな氏のネット上での評判はどんなものか? 人に聞いた評判では偏りがあるので、機械的に関連ワードを収集しているGoogleを使うことにする。池田元陸将補の名前をGoogleに入力すると、予測検索で様々な単語が出てきた。

「池田整治」とGoogleに入力すると……


なお、Googleは検索結果をユーザーに最適化する為、最適化を避けるために匿名化ブラウザのTorBrowserを用いて検索したが、上記のキャプチャ画像と同じ結果だった。ネット上で氏を知る大多数に、氏はこういう人物だと思われているようだ。

池田元陸将補のトンデモ主張については、いちいちツッコミ切れない程あるので、主なものを簡潔に箇条書きで挙げる。

現役自衛官時代
  • 「水は話しかけると美味しくなる」と自衛隊部内紙に寄稿。
  • SPA!誌におけるインタビューで、新型インフルエンザに対してホメオパシーが有効だと推奨。
  • 水道水への塩素添加は、GHQによる日本弱体化の陰謀と自著で主張。

退官後
  •  「江戸しぐさ」と呼ばれる歴史的事実として認められていないマナー運動について、江戸しぐさが現在に伝わっていないのは「新政府軍の武士たちに老若男女にかかわらず、わかった時点で斬り殺されていったからです。」と主張。

ホメオパシーは19世紀からある民間療法の一種だが、近代医学に対する否定的な姿勢で知られ、レメディと称する砂糖玉の高額販売トラブルや、2009年には山口県でホメオパシーに感化された助産師が新生児にビタミンKを投与しなかった為、ビタミンK欠乏症により死に至らしめる事件が発生するなど問題化している。死者が出た事を受け、2010年8月に日本学術会議が「ホメオパシーには科学的に全く根拠がない」と声明を発表し、日本医学会、日本歯科医師会、日本薬剤師会の3師会全てがそれに賛同するなど、医学界全てがホメオパシーをエセ科学だと認定し、その悪影響排除に乗り出している。

しかし、ホメオパシーで死者が出てから間もない2010年1月、池田元陸将補はSPA!誌上のインタビューにて、新型インフル対策にホメオパシーを推奨する旨を主張している。このインタビュー記事はホメオパシー団体のホメオパシージャパンの公式HPで掲載されるなど(後に削除)、エセ科学の広告塔として現役幹部自衛官(2010年1月当時)が肩書を強調して使われており、問題があると言わざるを得ない。この記事の科学的デタラメについては、下記のブログで詳しく検証されており、興味のある方はぜひご覧頂きたい。


幻影随想: SPA!のトンデモ記事および池田一等陸佐の免疫学に対する無知を切る

池田整治氏による予防接種否定論と自衛隊 - Not so open-minded that our brains drop out.


ここまで自衛隊将官のトンデモ発言について触れたが、彼らに共通しているのは、話の根拠が単純な事実誤認か、根拠を明らかにしない、或いは恣意的に利用している点だ。このような根拠に乏しい話であっても、自衛隊の将官という社会的信用を得ている地位にある人間の発言として、賛同者達によって様々な形で引用され、あたかも真実かのように語り継がれていく。ネット右翼や陰謀論者、似非科学信奉者たちの唱える話の根拠として繰り返し利用される。そう、ネット右翼や陰謀論者にとっての肥やしと化しているのだ。



中国軍で好戦的発言する将官は出世できない。だが、自衛隊では……

ここまで自衛隊のトンデモ将官について紹介したが、自衛隊は25万人を擁する日本最大級の組織であり、トンデモな人が人口に一定数含まれている以上、自衛隊にも多くのトンデモさんが集まるのは避けられない事だ。しかし、そのトンデモさんが、将官にまで出世するのはいかがなものか。

ここで、中国軍の将官の例を挙げよう。日本のメディアで「中国軍高官」とされる軍人、彭光謙少将、羅援少将といったタカ派将官らの好戦的発言が取り上げられることがある。ここで彼らの発言を論評する事はしないが、Googleで彼らの名前を検索すれば、過激な発言は山ほど出てくる。だが、少将である彼らは下位の将官だ。

立命館大学の 宮家邦彦教授によれば、中国人民解放軍で「高官」と呼べるのは共産党中央委員である40名であり、その中に好戦的な発言をする将官はいない(詳細は「好戦的発言を繰り返す下級将官は出世できない」を参照のこと)。出世コースから外れた将官の発言が「中国軍高官」の発言として日本では報道されているが、実は高官でもなんでもない彼らの言葉を額面通りに、中国軍主流派の意思だと捉える必要はない。そういう意味で、少将と同格の倉田・池田両陸将補の発言も、自衛隊で主流の意見とは見做せない。だが、言い逃れできない人物がいる。航空自衛隊のトップに上り詰めた、田母神元空幕長だ。麻生政権は即座に更迭したものの、自衛隊高官は陰謀論者でも勤まる事を明らかにしてしまったのは痛い。本当の中国軍高官は、影で自衛隊を笑っているかもしれない。



何故、陰謀論者が自衛隊高官に?

何故、陰謀論者が自衛隊高官に就く事態になったか、その詳細は明らかではないが、ここからは著者の推測を述べる。

自衛隊の陰謀論者の多くに共通しているのは、一貫した被害者意識だ。――コミンテルン、ルーズベルト、GHQ、マスメディア、中国・韓国・北朝鮮……。日本は彼らの術中にあり、破滅の道を進んでいる。日本古来の大和魂・武士道を取り戻し、日本を復活させねばならない――。彼らの認識は概ねこれが基本路線だが、情けないほど日本が陰謀に弱い被害者として描かれている。「首謀者まで特定されるようなザルな陰謀なのに、まんまとそれにハマる日本って馬鹿なんじゃねえの? てか、日本人馬鹿にしてるだろオイ」と普通の人は思うだろうが、被害者意識に染まりきった陰謀論者はそうは思わないようだ。

戦後に発足した自衛隊が、様々な謂れのない理不尽な仕打ちを左派・マスコミから受けてきたのは事実だ。革新自治体による成人式への自衛官出席拒否、大学へ進学した自衛官への暴行とそれに見ぬふりをしたメディア、自衛官を殺害した過激派の逃亡に協力したマスコミ関係者等、左派やマスコミへの不信の材料は枚挙に暇がない。敗戦という屈折からスタートし、さらに守るべき国民からの理不尽な仕打ちに歪んだ被害者意識を醸成させる自衛官がいたとしても無理なからぬ事だろう。

陰謀論者の自衛官の回りにいる人物達――右派論客、”親日”外国人、陰謀論者――は、叩かれる自衛官を承認し、味方してくれる数少ない存在だった。 彼らの影響を受けた自衛官は、陰謀論を振りかざすようになる。この経緯は、北朝鮮による拉致が公に認められていなかった頃、拉致被害者の親族友人らで結成された「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(通称:救う会)が、広範な協力を得られない中で、唯一協力的だった右派諸団体の影響を受けて政治的に先鋭化・右傾化し、各地で分裂騒動を起こした事例に似ている。孤立無援にある者は、優しく擦り寄って来る者に、とことん弱い。

屈折した被害者意識に苛まれた彼らにとり、過去から現状の問題の原因全てを他者に転嫁できる陰謀論はさぞかし魅力的に映っただろう。だが、彼らは面と向かって陰謀の首謀者(特にアメリカ)を糾弾することはしない。このような姿勢について、現代史家の秦郁彦は『陰謀史観 (新潮新書)』の中で、「彼らがこの種の「正論」を引っさげ、アメリカへ出かけて論戦しようと試みた形跡はなく、日本人の一部有志に訴える「国内消費用」の自慰的言論に終始した」と評しているが、まさに自らの心理的逃避先としての主張でしかないのだ。

繰り返すが、このような陰謀論に走る自衛官は少数だろう。田母神論文を批判した森本教授は、田母神元空幕長の6期上の先輩にあたる元自衛官だ。また、1970年の楯の会事件で、自衛隊によるクーデターを訴えた三島由紀夫に抵抗し、失敗に追い込んだ健全さが、その場にいた旧軍経験者含めた自衛官にはあった。その際の三島の演説や檄文は、自民党を批判している点を除き、現在のネット右翼の陰謀論とそう変わらない。今、楯の会事件が起きても、多くの自衛官は抵抗し、決起は失敗するだろう。

だが、上位者の言動は下位の者に確実に影響を与える。前述の宮家教授は、中国軍の次代を担う若き幹部候補生は、軍内部の少数派であるタカ派将官以上に強烈なナショナリズムの持ち主で、それは将来の日米にとっての脅威となるだろうと警告している。これと同じ現象が、自衛隊内部で起きていないという保証は無い。主張好きな陰謀論将官達は、盛んに自衛隊内での講話を行っていた。自衛隊の中堅幹部から国政に転身した現職国会議員が、粗暴な言葉で陰謀論をツイッターで呟き、後に撤回した騒動も最近起きている。不安の種は、ある。

しかし、国民の自衛隊へのイメージは冷戦終結以後に好転しており、特に阪神大震災、東日本大震災を経て、国民が自衛隊に寄せる信頼はかつて無いほどに高まっている。あからさまな反自衛隊活動も鳴りを潜めており、反自衛隊活動を展開していた急進的平和団体・過激派関連組織は、新組織に鞍替えして存続を図るなど、活動の転換を迫られている。かつての冷遇と比べれば、今の状況はだいぶ明るいものだ。だが、長年の鬱屈を抱え続けている自衛官が未だにいるのも事実だ。
虐めた側はすぐにその事実を忘れるが、虐められた側は一生忘れない。
自慰的な言論に終始するのは、慰撫して欲しい傷がある事の裏返しだ。

屈折した被害者意識の持ち主が、自衛隊高官にまでなってしまった事実は、戦後の日本を考える上であまりに重い。我々日本国民が、彼らの被害者意識を解消させる日は来るのか、それとも厳しい清算を迫られる日がやってくるのか――



【関連書籍】



なんだかんだ書いたけど、池田元陸将補のアレは、素だと思う(オチ)

2013年9月25日水曜日

イギリスを悩ます「白い未亡人」達

ケニアの首都ナイロビで発生した、ソマリアのイスラム過激派組織アル・シャバーブによるショッピングモール襲撃で、「白い未亡人」が襲撃に関わっていたのではないかという報道がなされています。

【9月25日 AFP】ケニアの首都ナイロビ(Nairobi)で起きたイスラム過激派による高級ショッピングモール襲撃事件で、「白い未亡人」と呼ばれる英国籍の女の 存在に注目が集まっている──。ケニアのアミナ・モハメド(Amina Mohamed)外相は23日、犯行グループにこの女が含まれていたことをメディアで示唆していた。


「白い未亡人」こと、サマンサ・ルスウェイトは、2005年のロンドン同時爆破事件の実行犯の1人であるジェーメイン・リンゼイの妻で、近年はケニアに潜伏し ていると見られていました。イギリスの北アイルランドに生まれたルスウェイトは、17歳でイスラム教に改宗しますが、そのきっかけが両親の離婚にあったとされます。その後、インターネットのイスラム教徒が集まるチャットルームでリンゼイと出会い、2002年に結婚します。しかし、2005年のロンドン同時 爆破事件で妊娠8ヶ月のルスウェイトを残し、リンゼイは自爆テロにより自身を含む27名を殺害に至ります。


2005年のロンドン同時爆破事件で注目すべき点は、事件が外国人ではなく、イギリス出身またはイギリス育ちの移民を中心にして引き起こされたことです。2006年にはパキスタン系英国人による航空機爆破テロ計画、2010年にもイギリス在住バングラディッシュ人による航空機爆破テロ計画が 発覚するなど、同様の事件が相次いでいます。

これら移民によるテロが頻発する背景としては、移民コミュニティへのテロリスト・ネットワークの浸透が挙げられます。アル・シャバーブは各 国のソマリア人コミュニティに対し、積極的にテロ要員のリクルート活動を行っており、ソマリアにあるアル・シャバーブの軍事訓練キャンプへの参加を促して います。こうして集められた外国人戦闘員は、アル・シャバーブに約200名いると推計され、そのうちの50名がイギリス人と考えられており、ルスウェイトもその1人か提携関係にあるテロ組織のメンバーと思われます。

今回のテロでルスウェイトが注目を集めているのは、「白い未亡人」という呼び名からも分かるように、移民ではない白人がイスラム過激派のテロに参加したという点です。前述の通り、これまでのイギリスでのイスラム過激派によるテロは移民によるものが大半でしたが、英連邦構成国のケニアで、生粋のイギリス人(北アイルランド出身ですが)がイスラム過激派のテロに参加した事は、イギリス当局にとり大きな衝撃であったと思われます。ソマリアの他にも、現在も続いているシリア内戦でも100名以上のイギリス人が戦闘に参加しており、イギリスのメイ内務相はこれらの戦闘員が戦闘技術・テロ技術を身に付けてイギリスに帰国した場合、「大量殺人」を企図するのではないかと警告しています。

人権上の問題はあるものの、これまで治安当局が特定の民族・国出身者に対して監視を行い、テロを未然に防いできたのは事実です。しかし、ル スウェイトのような自身の出自に依らないテロリストの出現は、テロリストの発見をより困難なものにすると同時に、宗教という個人の思想をターゲットにした 捜査の可否という難しい問題に直面することになります。イギリスを含む欧米の政府機関による個人情報の収集が告発されたばかりですが、思想の自由・個人情報の保護と未然のテロ防止をどうやって折り合いをつけていくか、日本も含む民主主義国家は今後難しい舵取りを迫られる事になるでしょう。





2013年9月24日火曜日

ケニアのショッピングモール襲撃、英海兵隊員が100名の客を逃がす

ケニアの首都ナイロビで21日に発生した、イスラム過激派アル・シャバーブによるショッピングモール襲撃事件ですが、たまたまモールに居合わせた元英国海兵隊員が拳銃を手にし、銃撃の中、100名の客を脱出させたと英デイリー・メール紙が伝えています。 

セキュリティ上の理由により、隊員の名前や顔は明らかにされていませんが、襲撃現場で拳銃をジーンズに差し込 み、二人の女性を肩に抱いている男性の写真が報道されています。証言によれば、非番で友人とコーヒーを飲んでいた隊員は襲撃を知るや、銃撃の中を十数回 モールと外を行き来し、100名の客を脱出させたそうです。 

ケニアの隣国のソマリア南部はアル・シャバーブの支配下にあり、そこで英国居住者100名がテロリストの訓練を受けたと英国当局は見てお り、英国はそのような人物の監視・追跡を英連邦構成国のケニアを拠点にして行っているとされます。2011年のケニア軍のソマリア派兵以降、南部でもア ル・シャバーブは劣勢に立たされていますが、今回の事件はケニアの介入への報復とされています。

※本記事執筆時の9月24日の段階で、デイリー・メイル紙では "SAS hero of the mall massacre: Off duty soldier with a handgun saved 100 lives as terrorists ran amok”と男性を「非番のSAS隊員」と報道していましたが、25日現在、”British hero of the mall massacre: Ex Royal Marine with a handgun saved 100 lives as terrorists ran amok”と「元英国海兵隊員」に変更されていたため、本記事もそれに合わせ修正致しました。

2013年9月19日木曜日

ステルス機を「見る」技術

近年の軍用機開発では、機体のステルス性についても重視される傾向にあり、米軍のF-22、自衛隊も導入するF-35の他にも、中国で開発中のJ-20、ロシアで開発中のT-50と、いずれも高いステルス性を持つとされます。

この軍用機のステルス化トレンドに対し、防衛省が「ステルス機を丸見えにする」技術の研究開発に乗り出すという報道がありました。

防衛省は、レーダーで捉えにくいステルス性能を持つ最新鋭戦闘機を探知するレーダーの研究開発に本格的に乗り出す。  中国やロシアがステルス性能に優れた戦闘機の開発を進めていることを踏まえ、日本の防空態勢を強化する必要があると判断した。2014年度予算の概算要求に研究費37億円を盛り込んでおり、10年後の実用化を目指す。
しかし、記事中ではどういった技術によって、ステルス機を見えるようにするかは書かれていません。そこで、今回は記事の補足として、どのような技術を用いてステルス破りを行うのか、過去の防衛省の研究などから解説したいと思います。



なぜ、ステルス機は「見えない」か?

ステルス破りの解説をする前に、ステルスの定義と、なぜステルス機が「見えない」のか、という事について触れる必要があります。< ステルス性とは「ある兵器がセンサー類からどの程度探知され難いか」を相対的に表す言葉で、探知する側のセンサーもレーダー(電波)から赤外線や可視光等、多岐に渡りますが、軍用機ではレーダーに映らないようにするのがステルスの第一義と考えて差し支えないので、ここではレーダーに対するステルス性に限定して話を進めたいと思います。 レーダーの原理とは、電波を発振して、対象に当たった反射波を拾うことで、対象の位置を測定します。人間の目も、光の反射を拾うことで物体を認識していますが、レーダーは目と同じことを光ではなく電波でやっていると考えて下さい。

機体に施せるステルス化の手段としては、以下の2つのアプローチが一般的です。

  •     レーダーの反射波を小さくする。
  •     反射を電波が来た方向(レーダーの方向)に返さない形状にする。
レーダーの反射波を小さくする方法としては、機体形状を反射の小さいものにしたり、機体表面に電波を吸収する素材を用いることで反射波を減らすことが挙げられます。しかし、ステルス化した機体は難しい加工が必要な形状だったり、電波吸収材料(RAM)で被膜した機体はメンテナンスにコストがかかるなど、ステルス機の製造・運用コスト高の一因ともなっています。

第二の方法は、反射波を電波が来た方向に返さず、別の方向に反射させることです。反射波が返ってこなければ、レーダーに機体は映りません。鏡を45度傾けると自分が鏡に映らなくなりますが、それと同じ現象です。この2つのアプローチを用いることで、ステルス機はレーダーに映りにくくしているのです。

F-22。レーダー波を別の方向に反射するように機体面に角度が付けられている


ステルス破りの技術

ではステルスを見破るにはどのような手段があるでしょうか。防衛省でも過去・現在で研究が行われている、実現性の高い手段についていくつか挙げてみます。

第一に挙げられるのは、レーダー性能を高めるという力技のアプローチです。
ステルスの定義で書いたように、ステルス性とは相対的で、センサー側の進歩により従来のステルス優位が崩れる事もあります。ステルス機の小さい反射波もレーダーで捉えることができれば、ステルス機を「見る」ことができます。近年はレーダー出力を増大させる窒化ガリウム(GaN)を用いたレーダーの研究が行われており、この分野の研究は日本が世界のトップにあります。

第二に挙げられるのは、電波を発振する装置と、反射を拾う装置を別々にするバイスタティック・レーダー技術です。
ステルス機が電波の来た方向とは別の方向に反射波を返したとしても、その反射した方向で別のレーダーが反射波を拾えば、ステルス機を発見することが出来ます。航空自衛隊は28のレーダー・サイトを運用していますが、レーダー・サイト同士を高速な回線で接続して発振電波の情報を共有し、別のレーダー・サイトの反射波を拾うようにすれば、ステルス機を発見することも期待できます。現在、自衛隊のレーダー・サイトでも、比較的新しい型のJ/FPS-5(ガメラレーダー)ではこのバイスタティック・レーダー技術に対応していると言われ、平成24年度予算で配備が始まったばかりのJ/FPS-7はより進んだものとなっているとされます。

第三に挙げられるのは、レーダーに使う電波の周波数帯を、探知する機体の長さに近い低周波帯を用いる方法です。
ステルス機に当たる電波の波長が機体のサイズに近いと共振が発生し、レーダーに映る面積が数倍になります。この原理を用いた低周波レーダーは精度は悪いものの、電波が遠くまで届くという利点がありますが、用いる波長より短い物体は原理的に発見できないという欠点があります。


最後に電波以外の索敵手段を使うというアプローチもあります。低周波レーダーとは逆に、より光波長の電磁波である赤外線や光を用いる方法です。
ジェットエンジンは高熱を排出するため、赤外線を利用した探知が可能です。しかし、ステルス機は排気を冷却して赤外線ステルスを行っているのもあり、従来機よりも電波と同じように赤外線対策が行われています。また、レーザー光線を利用したレーダーは、原理的に全てのステルス機を探知可能ですが、探知距離が短く、気象条件に影響を受けるといった制約があります。



”次の技術”のために

注意して欲しいのは、これらの技術は機体を「見つけやすくする」というもので、絶対的なものではありません。ステルス機に限らず、軍用機には敵のレーダーから隠れたり、誤魔化すための飛行法が存在します。時には非ステルス機でもレーダーに映らずに(あるいは映っても敵機だと思われずに)侵入した事例が多々あります。自衛隊でも1976年のベレンコ中尉亡命事件では、地上レーダー、スクランブル発進したF-4EJ戦闘機共に、低空飛行するMiG-25を捉えきれず、MiG-25の函館空港強行着陸を許す事態にまでなりました
レーダーを操るのも、航空機を操縦するのも人間で、両者ともに知力を尽くして相手の裏をかく努力をしています。ここで挙げた技術もいずれは相手に裏をかかれることになりますが、その時に”次の技術”が用意できるか否かは、たゆまぬ研究にかかっていると言えます。


【関連文献】



2013年9月18日水曜日

「イプシロン軍事転用」報道のロジックの過誤

イチャモンのロジック

2回の打ち上げ延期があった新型ロケット”イプシロン”ですが、9月14日に打ち上げに成功し、搭載されていた宇宙望遠鏡も予定の軌道に乗りました。いくつかの教訓を残しつつ、打ち上げミッションとしても成功という、結果的にかなり恵まれた初回打ち上げだったと思います。

イプシロンの打ち上げ(JAXAデジタルアーカイブスより)

イプシロンは従来のM-Vロケットより低コストであること、運用面での手間を大幅に削減した事が特徴とされています。M-Vと比べ、打ち上 げコストは半分(今後の目標は3分の1)、射場にロケットを設置してから発射までにかかる日数は42日から7日に短縮し、管制もパソコン数台で行うなど、 M-Vからコスト・運用面で飛躍的に改善がなされた事が分かります。
ところが、この運用面での進歩について、こんな報道が中国、韓国でされてます。


ロケットとミサイルは技術的にさほど差はない。一般的に、宇宙飛行 体に人工衛星を搭載すれば「ロケット」、弾頭を搭載すれば「ミサイル」と呼ぶ。韓国の「羅老号」のように、液体燃料を使用するロケットは燃料の注入に長時 間を要するのに対し、固体燃料ロケットは打ち上げの準備が容易で、燃料を長期間保管することもできるため、軍事用のミサイルに転用する上ではるかに有利 だ。日本は2006年9月にM5の最後の打ち上げを行って以来、約7年ぶりに固体燃料ロケットを再び打ち上げたことになる。
打ち上げ成功「イプシロン」はICBM転用可能」 | 朝鮮日報
固体燃料ロケット技術は大陸間弾道ミサイル(ICBM)に使用される技術と基本的に同じだ。このため固体ロケット打ち上げの経済性を高めたイプシロンの開発 は安保・軍事戦略的にも意味が大きいと分析されている。 朝日新聞は「搭載物さえ変えればイプシロンはミサイルに速やかに転用可能」とし「韓国など周辺国はイプシロン打ち上げの背景に日本の右傾化があると懸念し ている」と報じた。また「日本は1969年の国会決議などを根拠に宇宙開発を平和的な目的にのみ限定してきたが、08年に防衛に活用できる宇宙基本法を制定した」とし「今回の打ち上げはこの法に基づく最初の固体ロケット打ち上げ」と伝えた。
日本、固体燃料ロケット「イプシロン」打ち上げ成功…ICBM技術確保 | 中央日報
打ち上げが延期されていた日本の小型ロケット「イプシロン」が14日午後、打ち上げに成功した。中国メディア・華商網は15日、「大陸間弾道ミサイル技術につながる」とする専門家の意見を伝えた。
日本の「イプシロン」打ち上げ、ミサイル開発だ=中国メディア [サーチナ]

中韓の報道でよく見られるイプシロン軍事転用論の根拠としては、イプシロンが即応性の高い固体燃料ロケットであることがその核心にあるようですが、これはイチャモンに近い話です。そもそもの話、今現在も韓国に向けられている北朝鮮のミサイルの多くは液体燃料式で、例えばノドンは1時間で燃料注入可能で即応性が高いものです。その北朝鮮のミサイルの即応性を脅威として、韓国は射程300km又は500kmの玄武-2短距離弾道ミサイルを開発したのですから、燃料が液体か固体か、ということは関係無いと言えます。なお、玄武-2は固体燃料ミサイルです。

しかしながら、ロケットとミサイルに技術的共通点が大きいのは事実です。冷戦時代の米ソの宇宙開発競争は、同時に弾道ミサイル開発競争ともリンクしていました。ですが、中央日報が記事で引用している朝日新聞の「固体ロケットは、ICBMと共通の技術が使われ、積み荷を換えればミサイルに早変わりする」 という報道は暴論です。例えば、ブルドーザーと戦車は技術的共通点が多くあり、ブルドーザーメーカーが戦車を作っている事も多々ありますが、「ブルドーザーに大砲を積めば戦車になる」と言うのは暴論の極みでしょう。このように、「ミサイルと共通する技術がある」ことと、「その技術でミサイルが作れる」ことは、全く別の問題です。従来より短縮されたと言っても、射場に設置してから発射に7日もかかる”ミサイル”に軍事的実用性があると考えているのでしょうか。イプシロンを巡る中韓メディアのイチャモンは、この点を意識的・無意識的に混同しています。

ところが、こんな馬鹿げたロジックを誰であろう日本の政府・マスコミもこぞって使っています。近年、よくメディアで聞かれる「人工衛星と称する事実上の弾道ミサイル」という言葉です。



日本政府の崩壊したロジック

北朝鮮が2012年12月に打ち上げた飛翔体についても、日本は一貫して「人工衛星と称する事実上の弾道ミサイル」と呼んできました。つまり、「北朝鮮は人工衛星打ち上げロケットだと言っているけど、あれはミサイルだ」と主張していた訳です。あれ? どっかの国が日本のロケット打ち上げにつけるイチャモンに似ているぞ?

しかし、飛翔体が太陽同期軌道に衛星と見られる物体を投入したことが確認され、北朝鮮の主張通りに人工衛星打ち上げが事実と証明されると、北朝鮮を非難していた日本のロジックが崩れてしまいました。「人工衛星が衛星軌道に乗ったけど、あれは事実上の弾道ミサイル」になってしまうのは、ロジックの建て方としてはいかにもマズイと思います。

ここで念を入れて書いておきますが、私は北朝鮮を擁護している訳ではありません。北朝鮮は国連安保理決議で弾道ミサイル関連技術に繋がるロケットの打ち上げが禁止されており、ロケットに積んでるのが衛星であっても明白な安保理決議違反です。日本は打ち上げがロケットかミサイルかに関わらず、最初から「打ち上げたら国連安保理決議違反」と主張すればよかったのに、自ら破綻するロジックを選んでしまったのです。2012年12月の発射が人工衛星の打ち上げだと明らかになっても、未だに「人工衛星と称する事実上の弾道ミサイル」という言葉は使われていて、日本政府はこの言葉を変えるつもりはないようです。また人工衛星打ち上げられても使うんでしょうか、この言葉。



国家の信用が国際社会の反応を分ける

先ほども述べましたが、ロケットとミサイルに技術的共通点が多いのは事実です。しかし、同じロケット打ち上げであっても、日本の打ち上げは国際社会からは何も言われないのに対し、北朝鮮が打ち上げると大量破壊兵器 開発だ、国連決議違反だと国際社会から抗議を受けます。この違いは北朝鮮が核やミサイル等の大量破壊兵器開発について、過去に国際的取り決めを破り、違反 を繰り返していたため、北朝鮮に対する国際社会の信用が皆無な点から来ています。北朝鮮のロケット開発は、大量破壊兵器開発を意図したものであると国際社会から見做されており、その為にロケット発射も弾道ミサイル関連技術だとして安保理決議で禁止されているのです。

国際社会から信用を失っている北朝鮮に対し、幸いなことに日本は信用に恵まれ、ロケット開発にあたっても、直ちに大量破壊兵器開発に繋がらないと国際社会は認知しています。警官が持っている拳銃と全裸中年男性が持つ出刃包丁、どちらも凶器であることには変わりありませんが、どちらが危険であるかは明白でしょう。日本政府は北朝鮮の飛翔体発射を非難するにしろ、日本の宇宙開発の正当性を主張するにしろ、どちらも矛盾の無いロジックを用意し、それを世界に説明することで、信頼をより強固にする必要があるかと思います。既に一度ロジックが崩れたのは痛いですが、このまま「人工衛星と称する事実上の弾道ミサイル」を続けるのもよろしくないでしょう。

なお、イチャモンつけてきた当の韓国ですが、ロケット開発についての信用が特にアメリカからありません。韓国の宇宙開発の始まりである盧泰 愚政権時の人工衛星打ち上げ計画公表の際、アメリカは韓国へのミサイル部品の輸出を一時取り消しています。また、韓米ミサイル覚書と呼ばれる2国間協定により、韓国の弾道ミサイル開発は大きな制約を受けていますが、この協定を韓国は度々破っており、アメリカからその度に抗議を受けています。この他にも玄武-2の開発にあたり、ロシアから諜報活動で入手した技術情報を基にしたとされており、なかなか手癖がよろしくありません。

韓国も隣にイチャモンつける前に、まずは自分の手癖の悪さを治して信頼を得るのが良いと思います。

2013年9月13日金曜日

福島の野生鳥獣問題に見る日本の縮図

8月の盆、福島県田村市の母方の実家に帰った。2011年3月の東京電力福島第一原発事故の際、田村市の東端にあ る旧都路村地区に避難指示が出たが、幸いな事に母方の実家周囲は原発事故による放射性降下物はほとんど無く、公表されている放射線量及び自家用放射線測定 器による計測値共に、自分が居住している千葉県北部の値より低いものだった。

このように、原発事故による放射線についてはほとんど心配はないが、最近になって放射線とは別の問題が生じている。野生鳥獣による農作物の食害だ。


捕獲されたイノシシ(岐阜県にて撮影)


2年で倍以上に増えるイノシシ

昨年の秋、ツイッターで福島原発周辺のイノシシが大増殖して問題化するんじゃないか、という予想を呟いた。ツイートの内容や経緯については、ツイッターのまとめサービスであるtogetter”福島のイノシシが(いろんな意味で)ヤバいかも - Togetter”を参照して欲しいが、ここでツイートのポイントをまとめると以下のようになる。

  1. 雑食性でなんでも食べるイノシシは、地表の放射性セシウムを蓄積しやすい。
  2. 放射性セシウムが蓄積したイノシシは食用出来ず、食肉目的の狩猟が行われない。
  3. 繁殖力が高いイノシシは狩猟しなければ、1年で生息数が倍になるため、イノシシによる農作物への害が増える。
  4. 更に、原発事故で無人となった区域で飼われていたブタとイノシシ交雑し、イノブタが生まれる事で、繁殖力はより高まる。

おおよそ以上の通りだが、最近になって、ほぼこの予想通りの状況が報道がされるようになった。
6月28日の朝日新聞「イノシシ激増 田畑を守れ」では、田村市での鳥獣被害が増加し、2011年度のイノシシ捕獲数が41頭であったのに対し、2012年度のイノシシ捕獲数197頭と前年の約5倍に増加していることが報じられ、9月8日の福島民友「農作物放射線量、塩害“消えぬ課題” 有害鳥獣、農地荒廃に拍車」でも、イノシシなどの有害鳥獣が人間の居住地近くにまで出没するようになり、農業生産への障害となる事が懸念されている。

原発事故によって無人となった地区は、野生鳥獣達のサンクチュアリと化してしまった。手入れがされなくなった田畑には草が生い茂り、イノシ シにとって良質な食料となる。また、放置された家畜のブタがイノシシと交雑することで繁殖力の高いイノブタが生まれる。イノシシは通常、年に1回4~5頭 を産み、そのうちの半数が成獣となるが、ブタの血を引くイノブタは年に複数回の繁殖が可能で、一度に産む頭数も増える。増加したイノシシ達は、避難指示区 域外へと出て農作物に被害を与える……。イノシシの生育に適した環境が出来た事、イノシシの繁殖力そのものが上がっている事、さらにはイノシシを食肉目的 で狩るハンター達もいなくなった事で、事故からわずかの年月でイノシシ問題が顕在化することになった。

筆者が田村市の農林課に取材したところ、野生鳥獣の食害を防ぐために市内の田畑に総延長341kmの電柵を設置することを計画しており、今 年度だけで130km設置する予定とのことだった。西日本ではイノシシの食害から田畑を守る電柵はよく見られるが、原発事故以前の田村市で電柵の設置は無 かったという。また、従来は有害鳥獣による農作物被害は小さかったため、市から有害鳥獣の駆除報奨金を出す事はしていなかったが、原発事故以降は食害が増 大したことにより、イノシシ1頭あたり2万円の報奨金を出すようになったという。ここで駆除されたイノシシは食用にできない為、全数が焼却処分されてい る。今年度は既に100頭以上のイノシシが処分されている。


旧都路地区では急ピッチで電柵が設置されていた


田村市で起きている事は全国どこでも起こっている

こ こで挙げた田村市の事例は、原発事故という特殊要因によって生まれた極端な例だが、同様の問題は全国で起きている。耕作放棄地には草が生え放題、飼育下か ら逃げだしたブタとイノシシの交雑など、規模こそ小さいものの、田村市と同じ現象は日本中どこでも起こりうるし、現に起きている。既に、西日本ではイノシシやシカ、カモシカ等の鳥獣による食害を防ぐべく、田畑の周囲に電柵を設置している自治体が多いが、電柵が有効に機能するためには周囲の草刈りなどの継続 的な手入れが欠かせず、設置費用と相まって、農家の大きな負担となっている。
野生鳥獣問題の抜本的な解決策として、野生鳥獣の頭数を適性頭数まで減らし、人間の生活圏との軋轢を軽くする事が必要とされる。しかし、頭 数調整の担い手であるハンターを示す狩猟免許所持者数は、昭和50年代初期の50万人以上をピークに減少を続け、平成22年には19万人とピーク時の3分の1近くにまで減少している。その上、ハンターの半数以上は60歳以上と高齢化が深刻で、このまま行くと近い将来にハンターのさらなる減少が見込まれる。



年齢別狩猟免許所持者数の推移 (環境省資料より)

野生鳥獣の保護管理と狩猟を管轄する環境省では、若年ハンターを増やそうとあの手この手の努力をしているが、その成果は捗々しくない。今年、筆者も居住する 千葉県で狩猟免許を取得したが、試験会場は控えめに見ても50代以上の受験生ばかりで、20代は数えるほどしかいなかった。中には80歳は超えているだろ う受験生もおり、おぼつかない操作で模造銃を扱っているのを見た時は、今にも倒れないかと内心ヒヤヒヤしていた。試験に先立つ勉強会では、質疑応答で「私 達は生活かかっているんですよ!」と思いをぶちまける参加者もおり、ハンターの高齢化は農業の高齢化問題と表裏一体であるとひしひしと感じた。

福島第一原発周囲で起きている事は、極端な形とは言え日本の縮図となっている。人が去り、荒廃した田畑に住み着く鳥獣によって、残った人の生活が脅かされるという構図は、福島と規模こそ違うが日本の至る所で起きている事だ。農業従事者の高齢化、地方の過疎などの問題も、野生鳥獣の問題と緊密 にリンクしている。我々が自然、そして地方と、これからどう向き合っていくのか、その姿勢が問われている。

2013年9月12日木曜日

YouTube動画の削除について

公開してからだいぶ経つんですが、YouTubeさんから「シリア関連動画がグロ目的の動画じゃねえか」と警告が来て停止食らいました。

コミュニティガイドラインの「教育の一環またはドキュメンタリーとして制作された動画に生々しく不快な内容が含まれる場合は、それらの目的を明確に示す情報が補われている場合のみ掲載を継続できます。」に該当すると不服申立ても行ったのですが、不服却下されました(´・ω・`)。

これ以上の厄介事もゴメンなので、シリア関連の動画はYouTubeから全削除しました。

なお、ニコ動は結構柔軟で、未だに置いてくれています。
気になる方は、下記のニコ動でのご視聴をお願いします。


2013年9月10日火曜日

平成25年度 事前の事業評価評価書を読む

平成25年度の防衛省、事前の事業評価の評価書が公開されました。事業評価とは省庁が行う政策事業について、各事業毎に事業前・中間段階・事業後の3段階で効果を評価し、事業にフィードバックすることで効率的で質の高い事業を目指す政策評価のことで、その結果は国民に公開されています。防衛省の場合、事前の事業評価で新たな装備品開発や技術研究が明らかにされるので、数年後に配備される新装備がどういったものかを知る事の出来る機会でもあります。

では、今年度に行われた事前の事業評価はどのような物があるのでしょうか。表にまとめてみました。


平成25年度 防衛省 事前の事業評価一覧

今年度は装備開発が1件、技術研究が10件の計11件で、前年度が装備開発6件、研究11件の計17件と開発ラッシュだったためか、大幅に少ないものとなりましたが、いくつか興味深いものをご紹介しましょう。



パワーアシスト技術の研究

パワーアシスト技術は分かりやすく言うと、SF映画などで登場するパワードスーツと同じ技術です。日本ではパワードスーツという言葉が知られていますが、英語ではPowered exoskeleton(強化外骨格)という言葉が一般的です。人間が装着することで、筋力を補助・増強する装置で、重量物の運搬や重機車両が入らない閉所での重作業等を行います。商業用でも力がいる介護用や、原発事故のような特殊災害での活動を想定した物が研究されていますが、軍用でも歩兵の能力向上・維持のために研究が行われています。

防衛省の研究するパワーアシスト技術イメージ(評価書より)


防衛省の公開した評価書とイメージ図を見ると、研究の焦点は民間のパワードスーツが使用できない不整地で行動し、隊員が携行する重量物を増大させることにあるようで、軍用パワードスーツの基礎的な研究と言えます。防衛省がこの研究に乗り出した背景としては、隊員が携行する装備品や電子機器は増えても、人間が長時間運搬することの出来る重量は変わらないという人間の限界から来る問題があります。携行品の小型化は進んではいるものの、人間が長時間携行するには重い物も多く、だったら人間の能力を上げようとパワーアシスト技術の研究が各国でも各国でも行われていますが、問題は稼働のためのバッテリーが短時間しか持たないことで、実用化には省電力化とバッテリー容量の増大が鍵となります。



高出力マイクロ波技術に関する研究

高出力マイクロ波技術の研究は、高出力のマイクロ波を照射する事で、敵のミサイルの電子回路等にダメージを与えて無力化する技術についての研究です。高出力マイクロ波の利用については、車の電子機器を破壊して停車させたり、暴徒に照射して強力な痛みを与えて鎮圧する非致死性兵器としての研究も海外では行われており、ミサイルの破壊以外にも応用性が高い研究になると考えられます。



水中無人航走体長期運用システム技術の研究

近年、無人航空機についてのニュースをよく見るようになりましたが、海中の無人機(UUV:Unmanned Underwater Vehicle)の研究も各国で盛んに行われています。本研究ではUUVを長時間稼働させるための、燃料電池をUUVに搭載する技術について研究されます。

防衛省が研究するUUVシステム(評価書より)

燃料電池は発電効率に優れ、家庭用や自動車用に研究が進められていますが、燃料の水素は爆発性の気体であると共に、どんなに密封しても原子半径が小さい為に容器をすり抜けてしまう特性のため貯蔵が難しく、燃料電池実用化の大きな壁になっています。UUVの稼働時間の増大は、作戦の柔軟性と省力化に繋がるので、良い成果を期待したいところです。

2013年9月7日土曜日

情報機関はどこまで暗号を”解読”している?

元CIA(米中央情報局)、NSA(米国家安全保障局)職員のスノーデン氏が、情報機関で行われている違法な個人情報収集を告発し、世界に波 紋が広がっております。9月5日には米ニューヨーク・タイムズと英ガーディアン紙が、スノーデン氏の提供した文書から、米英の情報機関がインターネットの 通信の秘密を守る暗号までも破っていると報じました。
 
この報道は、日本のメディアでも引用の形で報じられていますが、ニューヨーク・タイムズ等の元記事を確認すると、どうも告発したスノーデン氏の意図と少しズレているのではないかと感じました。では、日本の報道をいくつか引用してみましょう。


アメリカの新聞ニューヨーク・タイムズは、アメリカとイギリスの情報機関が、インターネット上で広く使われている暗号の解読に成功し、銀行の決済や、医療記録などの個人情報をひそかに収集していると伝えました。 これは、アメリカの新聞ニューヨーク・タイムズが、CIA=中央情報局の元職員スノーデン容疑者から提供された文書を基に伝えたものです。 それによりますと、アメリカのNSA=国家安全保障局が、スーパーコンピューターによる解析によって、インターネット上で広く使われている暗号の解読に成功し、銀行の決済や個人の医療記録、さらに電子メールなどの個人情報をひそかに収集しているということです。


NHK の報道では、情報機関が暗号を解読しているとしています。確かにスノーデン氏の開示した文書からは、情報機関が暗号解読に莫大なリソースを注ぎ込んでいる 事が分かります。しかし、6月に行われたガーディアン紙のWeb上での質疑応答で、スノーデン氏はいくつかの暗号は未だに情報機関は解読に手を焼いてお り、「適切に実装された強力な暗号システム」ならば頼れるとも述べています。

では、スノーデン氏が勧めるような暗号を使用する事によって、通信の秘密は守られるのでしょうか。これについて、スノーデン氏はこう述べて います。「NSAはしばしば、情報を暗号化前、又は復号化後に入手することにより、暗号化を回避している」。つまり、暗号化されていない状態で、情報を抜 き取る技術・手段を情報機関は持っていることになります。どんなに”解読”不可能な暗号であっても、”回避”されては秘密は守れません。

スノーデン氏の告発では、情報機関による暗号”解読”は傍受手段の1つに過ぎず、情報機関が暗号の”回避”あるいは”無効化”のために行っ ている裏工作に注力していることを明らかにしています。その手段は、アメリカ国内外のIT企業や標準化団体の協力(あるいは強要)により、暗号に意図的に 脆弱性を混入したり、バックドア(正規の手続きを踏まず内部に出入りできる侵入口)を仕込む等の多様なもので、これによって情報を入手するとされています。

大事なことなので繰り返し言いますが、スノーデン氏が今回明らかにした事は、情報機関にとり暗号”解読”は手段の1つであるが、依然として 解読には手間がかかるために、暗号を”回避”あるいは”無効化”するための裏工作に注力している事です。暗号解読のみを伝えている報道も見受けられますが、依然として健全性が担保されている強力な暗号も存在し、使用者が注意深く暗号を用いる事で、情報機関による傍受を防ぎうる事をスノーデン氏は示しているのです。

では、このような暗号回避のための裏工作に対して、どのような対策があるのでしょうか。例えば、中国では国をあげてITインフラの内製化を 推進し、Linuxを基にしたオープンソースOS”Ubuntu”の中国版である”Ubuntu Kylin(麒麟)”を国家プロジェクトとして開発しています。中国政府が内製に拘るのは、OSライセンス費削減の意味合いもありますが、国家安全保障上 の問題がその根底にあるとの指摘もあります。欧米企業がIT製品にバックドアを仕掛けているのではないかと中国政府は以前から疑っており、図らずもスノー デン氏の告発により、その疑念が正しかったと証明されました。

もっとも、パソコン製造世界大手の中国聯想集団(レノボ)社製製品に、外部からの遠隔操作を可能にする回路が組み込まれているため、英国の 情報機関で使用を禁止する旨の通達が出されたと7月に報道されています。自分がやっている事は他人もやっている、と考えてたという事なのかもしれません。

※本記事は情報機関はどこまで暗号を”解読”している?(dragoner) - 個人 - Yahoo!ニュースの転載です。差異はありません。

2013年9月3日火曜日

「風立ちぬ」と鳥人間コンテスト。本庄季郎の戦後

明日9月4日、”第36回鳥人間コンテスト2013”の模様が読売テレビ系列で放映されます。

1977年に始まった鳥人間コンテストも今年で36回目となる歴史ある大会になりましたが、その記念すべき第1回大会で、先日長編映画制作からの引退を表明した宮崎駿監督の「風立ちぬ」の登場人物が大きな役割を果たしているのをご存知でしょうか?



主人公堀越二郎の良きライバル?

「風立ちぬ」をご覧になった方は主人公、堀越二郎の東大生時代から三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)時代まで、ずっと一緒にいた「本庄」という男性を覚えているでしょうか? 彼のモデルは本庄季郎という実在の航空機設計者で、劇中では堀越二郎と同期の良きライバルとして描かれていますが、実在の彼は堀越より1期上の先輩にあたる人で、同期ライバルという設定はあくまで映画の脚色です。

本庄は劇中でも登場した九六式陸上攻撃機、一式陸上攻撃機を設計し、両機はマレー沖海戦でイギリスの戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レパルスを撃沈し、水上艦に対する航空機の優越性を示した革新的な成果を挙げました。そんな華々しい実績を持っていた本庄ですが、日本の敗戦により航空機の製造開発が禁止されると、その活躍の場が無くなる……かに見えました。



航空機用資材を使って自転車の設計

三菱十字号 (写真提供:トヨタ博物館)
日本の敗戦により、航空機の製造開発が禁止されると、日本の航空機メーカーは苦境に陥ります。この頃、多くの航空技術者が航空機から別の産業へと移り、戦後の自動車産業や鉄道産業の発展に貢献することになるのですが、そんな逆境の中、本庄は三菱重工業に残り続け、会社を存続させるべく民間向け商品の開発を行います。そこで本庄が設計したのが、ジュラルミン(アルミ合金)製の自転車、「十字号」でした。

十字号は航空機の製造禁止により、大量に在庫を抱えた航空機用資材を平和利用すべく、三菱重工業津機器製作所で製造されていた自転車です。零戦などでも使われた超々ジュラルミン(7075アルミ合金)等が十字型のフレームに用いられた他、リベットを用いて接合されるなど、「風立ちぬ」劇中でも見られた航空機製造技術の応用が多々見られる、他に例の無い自転車でした。1940年代にアルミフレームの自転車を作ったことは、革新的と言えるかもしれません。十字号は1型から4型まで製作され、新聞広告も出されるなど、民需に転換した三菱重工業の顔とも言える製品となりました。



第1回鳥人間コンテスト優勝機の設計

その後、三菱重工業は会社分割を経て、1964年に再び三菱重工業に統合され、本庄は最終的に三菱重工業顧問となり退職します。しかし、第一線を退いた後も航空機への情熱は失われていなかったようです。

1977年、第1回鳥人間コンテストが開催される事となります。鳥人間コンテストは「びっくり日本新記録」というバラエティ番組の企画として始まったもので、イギリスで行われていたBirdman Rarryに影響を受けていました。第1回は滑空機部門のみで、本家Birdman Rarryと同じ様に、バラエティ要素の強い仮装・一発芸的な機体も多く見られ、多くの機体が50メートルに届かずに着水していました。

そんなお遊びムードの中、本庄の設計した滑空機が登場します。アルミパイプを多用した機体は、他の出場者のハングライダー型機とは異質の存在で制作費は100万円。操縦者はグライダーの国際大会にも出場した岡良樹と、本気度が他の出場者とは別次元です。この機体は滑空時間10秒、飛行距離82.44mの大記録を叩き出し、2位以下に30メートルの差をつけて圧勝しました。なお、設計者がテレビでクレジットされた時、コンテスト解説者の木村秀政日本大学名誉教授が「私の大先輩です」と述べています。ちなみに、木村名誉教授は、史実の堀越二郎の東大同期です。

以降、30年以上に渡り鳥人間コンテストは開催され、昨年の滑空機部門では'''501.38メートル'''を記録し、第10回から加わった人力プロペラ機部門では2008年に'''36,000メートル'''の大記録が出るなど、「本気」のチームによる記録の塗替え競争が過熱しています。鳥人間コンテストは世界中にありますが、ここまで大記録を目指そうとするものは他にありません。

当初はお遊びみたいにやろうとしてた鳥人間コンテストに、本気で乗り込んで大記録を残した本庄が、その後のコンテストの方向性を決定づけたインパクトを与えたと言えるのではないでしょうか。

ちなみに、劇中では寡黙な堀越と異なり、ハッキリと物を言う常識人の様に描かれている本庄ですが、戦後に自衛隊教官が本庄に会う機会があり、戦時中に一式陸上攻撃機に乗ってたと話すと、「え? あれに乗られてたって? あれは良かったでしょう、良かったでしょう」と言われて、教官が閉口したという話が残っています。鳥人間コンテストに本気で乗り込んだ事といい、堀越に負けず劣らずの個性的な人だったようです。


【参考サイト】

Warbirds:アジアの兵(つわもの)共の風「Junさん講演会」
一式陸攻の乗員として、終戦まで生き延びた高橋淳氏の講演会の模様です。
本庄に「よかったでしょう」と言われた方です。大変貴重なお話ですので、ご覧下さい。


【関連製品】



三菱十字号についてのエピソードがあります。作者の方、現在も現役で使われている十字号にたまたま出会ったそうです。スゲエ。




本庄が設計した機体の登場する第1回大会を含め、過去30回の鳥人間コンテストの模様を収録した記念DVD。本庄設計の機体を操縦した岡良樹氏のインタビューや、木村名誉教授の解説など、非常に興味深い内容になっています。


本記事はYahoo!ニュース個人でも配信しております。
「風立ちぬ」登場人物と鳥人間コンテスト。本庄季郎の戦後(dragoner) - 個人 - Yahoo!ニュース

2013年9月2日月曜日

【告知】Yahoo!ニュース個人に「自衛隊に“海兵隊機能”を持たせる事の意味」掲載

Twitterでも告知しましたが、Yahoo!ニュース個人に記事を投稿しました。

自衛隊に“海兵隊機能”を持たせる事の意味(dragoner) - 個人 - Yahoo!ニュース

先日、2回連続でブログに載せた海兵隊記事を1つに統合し、リライト及び写真追加したものです。
まだ見てやるぜという方は見ていってやって下さい。

2013年9月1日日曜日

自衛隊に海兵隊機能を持たせる前に、そもそも海兵隊ってなんなのさ? <後編>

前回ではアメリカ海兵隊の歴史を振り返ることで、海兵隊が絶えず自己を変革することによって、状況に対処してきたことを説明しました。
では、現在の海兵隊はどのよう考え、行動する組織なのでしょうか。後編では、そのドクトリンの中心的概念から装備について考え、自衛隊への海兵隊機能を持たせることについて考えてみたいと思います。



Maneuver Warfare:機略戦

現在の海兵隊を考える上で欠かせないのは、“Maneuver Warfare”という概念です。単純に和訳すると、「機動戦」という言葉が一般的になるかもしれませんが、米国海兵隊ドクトリン総論『WARFIGHTING』を邦訳した戦争平和社会学者の北村淳氏は、”Maneuver”は「機動」よりも広い意味を包含しているとして、「機略戦」という言葉を訳に充てています。ここでも北村氏に倣い、「機略戦」という言葉を使いたいと思います。

さて、この機略戦とはどのような概念なのでしょうか。原語の”Maneuver”の一般的な訳である「機動」は、「有利な場所を得るために機動する」といったような空間的な概念に用いる言葉です。これに対して「機略」は、空間的・心理的・技術的・時間的といった広い概念に適用され、中でも最も重要なのが「時間における機略」であるとされます。
「時間における機略」を達成するために用いられるのが、スピードであり、奇襲です。敵に対応する時間を与えず、次から次へ手を打つことで、敵を心理的麻痺状態に陥らせて機能不全にすることが理想的とされます。このように時間を重視する海兵隊は、その意思決定から持つ装備までがスピードを重視したものになっています。



意思決定から装備までスピード重視の海兵隊

海兵隊の意思決定は、OODAループと呼ばれるサイクルに基いて行われます。これは、監視(Observe)ー情勢判断(Orient)ー意思決定(Decide)ー行動(Act)の頭文字から取られたもので、敵の戦闘力が喪失するまで、このサイクルを繰り返し実行することで迅速かつ効果的な意思決定を図るものです。

もともと、OODAループは朝鮮戦争において、ソ連製MiG-15に機動性能で劣る米空軍のF-86が、実際の戦闘ではMiG-15を圧倒していたことについての調査研究から発見されたものです。その結果、F-86が360度の視界を確保し、操縦桿が軽くて機敏に操作出来ていたのに対し、MiG-15の後方視界は悪く、操縦桿が重くて素早い操作が困難だった事が明らかになりました。つまり、F-86のパイロットは迅速に状況を把握・判断して意思決定を行い、素早く行動に移せたが、MiG-15はその意思決定スピードに追いつけなかったことが勝敗の原因と考えられました。機体の機動性能ではなく、意思決定のテンポの速さが勝負を分けたのです。

海兵隊ではOODAループの回転を高速に行うことで、敵に思考と行動する隙を与えず、抵抗を封じます。このようなスピードを得るため、現場の小部隊に対しても自発的な意思決定を行わせるための裁量権があります。また、軍隊では上の命令は絶対とイメージする方も多いと思いますが、海兵隊では部下に対して「指揮官の意図」だけを伝え、その手段を部下が自発的に考え行動します。現場が自発的に考えて行動することで、スピードと敵の意表をつく大胆さが得られるという考えなのです。

意思決定だけでなく、装備にも海兵隊のスピード重視が現れています。まず、昨今話題のMV-22オスプレイがそれです。海軍と空軍もオスプレイを導入しますが、海兵隊は米軍中で最も多い360機を取得する予定です。オスプレイは従来使われていた、CH-46ヘリの約2倍のスピードと4〜5倍の航続距離を持ち、より遠方の目標により短時間で到達することが可能です。

CH-46EとMV-22Bの比較

戦闘行動半径を下図のように実際の地図上に表示すると、活動範囲が極めて増大することが分かります。また、CH-46の約2倍の巡航速度により、作戦も迅速に行うことが可能です。

CH-46EとMV-22Bの戦闘行動半径比較図(中心:普天間基地)
また、CH-46以外にも海兵隊のスピード重視が現れているのが、高速輸送船HSV-2 スウィフトの存在です。揚陸艦・輸送艦は海軍の所属(しかもHSV-2は民間からのチャーター)となるために厳密に海兵隊とは言えないのですが、真っ先に運ばれるのは海兵隊の兵士になります。

HSV-2 スウィフト(Wikipediaより
スウィフトは最大速度45ノット毎時の双胴の高速輸送船で、従来の揚陸艦と比べて迅速に大兵力を輸送可能です。MV-22がいくら優速であっても航空機では軽武装の少人数しか輸送出来ない為、重武装の兵員の大量輸送は未だに海上輸送に頼らざるを得ません。このスウィフトは大兵力の高速輸送を可能にするという点で、MV-22と並んで注目される装備です。



自衛隊の海兵隊機能強化の施策

さて、自衛隊に話を戻しましょう。昨今の自衛隊の海兵隊機能の付与・強化については、具体的な施策がいくつか出ております。

平成26年度予算の概算要求では、陸上自衛隊内に「水陸両用準備隊」を創設するための予算が計上されています。この部隊で装備品や作戦のノウハウを集めて、早期に水陸両用作戦の戦力化を目指すとしています。この概算要求よりも前、今年の5月から7月にかけて、陸上自衛隊員30名が沖縄のアメリカ海兵隊で水陸両用作戦訓練の研修を受けており、この研修を受けた隊員が水陸両用準備隊や水陸両用作戦教官の中核メンバーになるものと考えられます。

また、装備面でも水陸両用車両のAAV7を参考として、米国から2両購入することも要求される他、既存のおおすみ型輸送艦でも水陸両用車両が運用できるようにする改造費も盛り込まれています。

AAV7イメージ (平成26年度概算要求より)

また、アメリカ海兵隊はスピード重視の装備を志向することについては先ほども触れましたが、自衛隊の海兵隊機能についても同様の事が言えるようです。ティルト・ローター機導入検討のための予算が盛り込まれており、現在実用レベルにあるティルト・ローター機はオスプレイ以外にいないため、自衛隊がオスプレイを早ければ平成27年度予算で取得する可能性があります。

オスプレイの他にも高速輸送船で動きがあります。 津軽海峡フェリーが所有する高速フェリー”ナッチャンWorld”をPFI(民間資金等活動事業)法に基づく特別目的会社に平時の運行を委ね、有事に自衛隊が利用するという案が報道されています。

ナッチャンWorld(Wikipediaより
ナッチャンWorldはHSV-2 スウィフトを設計・建造したインキャット社で建造されたもので、スウィフトに近い性能を持つ高速輸送船です。これまでも、東日本大震災や演習での装備輸送で自衛隊にチャーターされてきましたが、本業の旅客輸送においては運行経費の高さから、繁忙期以外運行されていないなどの問題がありました。
しかし、特別目的会社に運行を委ねることで、繁忙期は旅客輸送を行い、閑散期や有事に自衛隊が使用料を払って利用することで、海運会社は資産の有効利用が出来、自衛隊側は購入よりもコストを抑える事が出来、民間・自衛隊双方にメリットがある方策です。これは、スウィフトをチャーターしている米海軍に近いと言えるかもしれません。

水陸両用車両、V-22オスプレイ、高速輸送船と、アメリカ海兵隊と同じような装備の取得を進める自衛隊ですが、意思決定などの面ではどう変わっていくのでしょうか。その中核と言えるのが、3自衛隊の統合運用と言えるでしょう。



自衛隊の統合運用=海兵隊化?

自衛隊は陸海空の3軍に分かれており、アメリカ海兵隊に相当する軍はおりません。アメリカ海兵隊では、作戦に必要な軍種を海兵隊内で保有することで、組織間の意思疎通のスピードを大幅に早めていました。近年の自衛隊は、海兵隊のような1つの組織とは言わないまでも、3自衛隊を統合的に運用する体制を目指すとしております。この動きは、最近の富士総合火力演習などでも統合運用を押し出したシチュエーションになっていることや、自衛隊の組織改編、人事異動などでも見て取れます。

統合運用の象徴的な出来事が2006年の統合幕僚監部の新設です。それまで3自衛隊は長官(現・大臣)を各幕僚長が補佐する形で活動していたのに対し、統合幕僚監部の設置により、長官の補佐は統合幕僚長に任され、3自衛隊の指揮は一元化されることになりました。また、東日本大震災においても、自衛隊最大規模の統合任務部隊”災統合任務部隊”が組織され、陸上自衛隊の東北方面総監の指揮下に3自衛隊の部隊が組み込まれて災害救援活動に従事するなど、統合運用の事例は確実に増えつつあります。

しかしながら、報道や発表を見る限り、どうしても装備面ばかりが目立つのもまた事実で、自衛隊の統合運用をどの程度まで進めるのか、そのゴールが見えません。アメリカ海兵隊式の装備を揃えただけで、アメリカ海兵隊の様になれる訳でもなく、思考や行動原則もハードに見合ったものが求められます。

報道では、「陸上自衛隊の海兵隊化」と陸に限定して書いているものも散見され、実際に自衛隊内で海兵隊志向が強いのは、陸上自衛隊ではないかと見る向きもあります。しかし、迅速に行動するために、自前で作戦に必要なものを自前で揃えたアメリカ海兵隊の本気度合いを見ると、それでは不十分ではないかと思われます。本当にアメリカ海兵隊のような組織と能力を持つのならば、陸だけでなく、全自衛隊が海兵隊としての意識を持つ必要があるのではないでしょうか。


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