2010年2月26日金曜日

F-X選定とシミュレーションについて



■「悩ましい」選択




 先日、「リアリズムと防衛を学ぶ」のzyesuta氏がF-4後継機(F-X)問題について、twitterで以下のような呟きをされておりました。






ユーロファイターはライセンス生産OK、日本仕様への改造OK、ブラックボックスなしという、もうどうにでもして、という条件です。防衛産業を維持し、いずれ戦闘機の自主開発を目指すならこの上ないチョイスと思われます。


5:43 PM Feb 23rd via NatsuLiphone





しかしながら、今次 F-X(F-4後継)に選ばれた機種は、次なるF-XX(一部のF-15後継)も恐らく同系列であてられ防空の主力を担う機体になります。そう考えると、性能に優れる米国機をとらないでいいのか、という点に悩ましいものがあるんだと思います。


5:49 PM Feb 23rd via NatsuLiphone






 このzyesuta氏の「悩ましいものがある」という指摘はまさにその通りだと思います。


 現在、揉めに揉めているF-Xですが、F-22採用の可能性がほぼ無くなったことにより、更に混迷の度合いを増しております。有力候補として米国のF-35がありますが、現在も開発中の上、ライセンス生産を認められることはまず無い為、仮にF-35が採用された場合、F-2支援戦闘機の生産が終了する2011年度以降は日本国内で戦闘機生産が中断することとなります。日本航空宇宙工業会では国内での戦闘機生産の中断により生産技術基盤の喪失により「海外依存による自主・自律性の喪失、コストの増大、可動率の低下が懸念される。」としており、これは歴然たる事実でしょう。





f:id:dragoner:20100226225533j:image:w400【ユーロファイタータイフーン:ユーロファイター公式サイトより】


f:id:dragoner:20100226225530j:image【ロッキードマーチン F-35:ロッキードマーチン公式サイトより】





 しかしながら、国内での生産やローカライズが大幅に認められると思われるユーロファイタータイフーンは日本での採用実績が無い欧州機であり、これを採用した場合はzyesuta氏の懸念する点で問題が有ります。かと言って、ライセンス生産可能な米国機のF-15FX系列は一線級の能力こそありますが基本設計が古く、戦力としての陳腐化が早々に訪れると思われます。現状、どっちに転んでも誰もが満足する結果は得られず、大きな不満が残る選択肢しか残されておりません。


 では何故このような「悩ましい」事態に陥ってしまったのでしょうか。





■最善は決まっていた。では次善は?




 結論から言ってしまえば、この問題を招いたそもそもの原因はF-22ありきの姿勢による決定の先延ばしにあったのではないかと思われます。


 本来、F-Xの選定は2007年度中に完了している予定でありましたが、2007年7月に米下院歳出委員会がF-22の輸出禁止継続を決定した為、日本側がF-22についての情報照会ができなくなり、F-22の輸出禁止解除を待つ為にF-X決定は2008年度中に延期されましたが、輸出禁止は2008年でも継続され、結局2008年12月に防衛省はF-22をF-X候補機より外すことになりました。2009年度が終わりに近づいている現在でもF-X決定は行われておりません。F-22の輸出禁止解除を狙った先延ばしは奏効せず、F-2が生産終了する2011年度までの限られた時間をいたずらに浪費するだけに終わってしまいました。





f:id:dragoner:20100226225826j:image【ロッキードマーチン F-22:ロッキードマーチン公式サイトより】





 このF-X選定に関し、防衛省(空自)はF-22をベストと考えていた節は各種の報道から見受けられますが、次善の検討が本気で行われていたかどうかには疑問が残ります。F-22が候補機から外されてから1年以上経った現在でも未定であることや、2009年にもなって「戦闘機の生産技術基盤のあり方に関する懇談会」が開かれる等の混乱が目に付くからです。推測の域を出ませんが高性能なF-22に囚われるあまり、脅威の分析とその対応法の検討に不足があったのではないのでしょうか。先日、F-35がF-Xに決定したとの報道の後に防衛大臣が否定するという一幕がありましたが、その際も何故F-35なのかという理由の報道は見当たりませんでした。果たして、F-X決定の際に納得の行く選定理由は提示されるのでしょうか。今後とも要チェックです。





■最適の装備を探し出すシミュレーター




 さて、F-Xの話が長くなりましたが、本日の本題は別になります。本稿はF-Xのような将来の装備に最適な物はなにかを探る為のシミュレーターの紹介です。


 F-Xの選定にこそ間に合いませんでしたたが、現在、対象となる脅威・状況から最適の装備をシミュレートする装置の研究が防衛省技術研究本部の先進技術推進センターで行われています。"SIMulation for TOtal effects on defense systems"、略称"SIMTO"と呼ばれるシミュレーターです。


 以前、「平成20年 防衛省技術研究本部研究発表会 特別セッション「新戦車」要旨」の記事でも少し触れましたが、技術研究本部では新戦車の開発に車両コンセプトシミュレーターを使用しております。車両コンセプトシミュレーターとは、エンジンや駆動系等の複数コンポーネントのシミュレーターと光ファイバーで連接することにより、コンピューター上にて戦車を仮想的に組み上げて試験を行うシミュレーターです。防衛省の資料から、運用構想図を以下に引用致しましたのでご覧下さい。





f:id:dragoner:20100226220204p:image:w800【「戦闘車両シミュレータの研究 に関する外部評価委員会の概要」より引用】





 上図のように、それまで個別であったコンポーネント毎のシミュレーター(システム)の上位に更にシステムを構築することで、車両全体をシミュレートすることができるようになりました。近年、このようなシステムの連接により更に大きなシステムを構築することは、"System of Systems(SoS)"と呼ばれており、研究開発用のシミュレーターに留まらず、軍事における革命(RMA)の中でも重要な要素の一つとなっております。SoSについての解説は改めて行いたいですが、ここで端的に述べると、SoSの目的は複数システムの統合による相乗効果(シナジー)の獲得にあります。一つ注意して頂きたいのは、本来のSoSとはもっと大きな構想になりますが、これについては後述させて頂きます。


 話しをSIMTOに戻しましょう。SIMTOは「防衛システムの総合効果シミュレーション」とでも訳せば良いと思うのですが、これは上で説明させて頂いた車両コンセプトシミュレーターの更に上位のシステムと考えて頂ければ良いでしょう。すなわち、車両のみならず、陸海空の防衛システム全体をシミュレーションするシミュレーターになります。説明のために技術研究本部の資料をもとに、下図を作成致しましたのでご覧下さい。





f:id:dragoner:20100226222021p:image:w800【『「装備品なら何でもシミュレーションします。」(過去も、現在も、未来も)』を基に筆者加筆】





 上図は下層に一つのシステム(装備)を構成するプラットフォームや武器、センサーなどのコンポーネントレベル、中層にコンポーネントを一つにまとめて装備にしたシステムレベル、最上層に各装備が配置される(システム統合レベル)という3階層から成りたっております。先程紹介した車両コンセプトシミュレーターはシステムレベルに属するもので、コンポーネントレベルには車両コンセプトシミュレーションを構成する各種シミュレーターが属します。このうち最上層のシステム統合レベルに該当するのがSIMTOになります。(注:後述してますがSIMTOは全層を内包しており、車両コンセプトシミュレーターとは連接されていません。あらかじめご注意ください)


 SIMTOは様々な装備やコンポーネントをモデル化し、装備の威力や防護力等の様々なパラメーターを数値化することにより、コンピューター上に仮想の戦場を再現します。モデル化できるものなら陸海空全ての装備がシミュレートでき、実際に研究者に伺ったところでは「過去の装備。例えばゼロ戦も再現可能」とのことでした。装備のみならず、仮想の戦場では気象や地形、透過率、グラウンドクラッタ-等の様々な環境要素までモデリングし、人間による指揮(ドクトリン)もモデル化されております。これら実際の戦場と同じ様な環境を再現し、その中で多数の装備の組み合わせを検証することが出来ます。この検証を元に将来の装備に最適なものはなにかを導き出すのです。


 技術研究本部の資料を下に示しますので、どのようにシミュレートし最適な装備を導きだすかを考えてみましょう。





f:id:dragoner:20100226224838p:image:w800【『「装備品なら何でもシミュレーションします。」(過去も、現在も、未来も)』より引用】





 まず、対象となる脅威を想定します。この脅威に対し、ステルス機・無人機・無人機+管制の為の大型機という3つの方法が提示されたとすると、その方法による戦闘をシミュレートし、有効性を評価することによって将来の研究開発の方針を決定する。と、このような流れで最適な装備を導き出すことが可能です。これは研究開発方針の決定だけでなく、F-Xの様な外国製装備の導入においても役立てるものと思われます。








■SIMTOの今後と限界




 さて、先程SoSについて「もっと大きな構想」と述べました。そう、本来のSoSは非常に遠大かつ野心的な取り組みであり、先程車両コンセプトシミュレーターについてSoSと書きましたが、あくまで概念の説明として述べただけで、実はあれはSoSと呼べるほどのものではありません。SIMTOにしてもまだまだ及ばないところがあります。それは何故か? ここでSoSについて、Web上に大変的確な説明がありましたので、以下に引用致します。



SoS を直訳すると、もちろん「システムのシステム」である。しかし、システムはもともと(サブ)システムから構成されているわけで、たんに「複雑なシステム」を強調するために新語は不要だろう。ここで問題となるシステムとは、自律・分散的に存在するシステム群を、ある目的(プロジェクト)のために統合して用いるときに機能するような、システムの全体のことである。「自律分散システムの協調」というテーマじたいは目新しいものではない。SoS が想定するのは、プロジェクトに必要なすべての要素、つまり組織編成や訓練、計画と実装、運用といった側面をも含む「システム」である。


 -「SoS:超システム工学への現実的アプローチ」より引用-



 そう、「プロジェクト」に必要な全ての要素を内包してこそSoSとなるのです。このことは技術研究本部の方ももちろん認識されており、SIMTOの将来的な構想を伺ったところ、兵站等の概念を将来的には取り込んでいきたいと表明されました。SIMTOはまだまだ研究段階のシミュレーターなのです。今後の進展に大きな期待を寄せたいところです。


 しかしながら、いかなるシステムにも限界があることを認識しておかなければなりません。それはSIMTOのみならずシミュレーターは入力される情報によって、おのずと結果が変わってしまうということです。もし、現在のF-X問題のように、最初から意中の装備があったとしたら? 若しくは脅威について正しい認識と分析をしていなかったら? このように考えられる理由はいくらでもあります。入力する人間側の意向やミスにより、事実と異なる情報を入力されてしまうことは十分に考えられ、システムの完成時にはこの点に十分注意する必要があるのではないでしょうか。かつて、ミッドウェー海戦を想定した兵棋演習で日本有利の条件を設定した上で無理やり勝たせたこと。または、日本初の機械化旅団である独立混成第一旅団が意図的に無茶苦茶な想定条件の演習をさせられた為に解散させられたこと等、シミュレーションの悪用は昔から行われております。純粋に結果を求めるシミュレートが行われることを願っています。








<参考>




防衛省 第1回戦闘機の生産技術基盤の在り方に関する懇談会使用資料 【資料4】戦闘機生産中断による生産技術基盤への影響について


防衛省技術研究本部 防衛技術シンポジウム2009ポスターセッション  『P3-1 「装備品なら何でもシミュレーションします。」(過去も、現在も、未来も)


   - 防衛技術シンポジウム2009でのSIMTOの説明資料の一部です。是非ご覧下さい。


防衛省技術研究本部 外部評価委員会 評価結果の概要 「戦闘車両シミュレータの研究 に関する外部評価委員会の概要


   - 車両コンセプトシミュレータの評価結果概要です。シミュレートの内容が細やかに記載されています。必見。


OR The Object Report「SoS:超システム工学への現実的アプローチ


   - SoSの説明について、日本語のWebで最も詳細な説明と思われます。


大熊 康之「軍事システムエンジニアリング―イージスからネットワーク中心の戦闘まで、いかにシステムコンセプトは創出されたか


   - 元海将補によるSoSやNCW等のコンセプトやそのアプローチを解説した本です。難解な上、現在では入手が難しくプレミアまでついていますが、興味のある方は図書館などで是非ご覧下さい。





2010年2月1日月曜日

ソフトパワーについて ~日本のソフトパワーがアメリカのハードパワーに拮抗した日~



 近年、既成のメディアに対してインターネットが力を相対的に増していることに異論は無いでしょう。国際関係にもこれと似た事象が起きつつあり、従来国家の力の源泉とされていた軍事力・経済力等のいわゆる「ハードパワー」に対し、「ソフトパワー」と呼ばれる概念が注目されております。本稿ではこのソフトパワーについて触れたいと思います。





■ハードパワーとは




 ハードパワーとは、国家の望む結果を達成する為に軍事力・経済力による懲罰・強制を行える能力のことを指します。19世紀の軍事思想家であるクラウゼビッツの「戦争とは相手にわが意思を強要するための暴力の行使である」という言葉はハードパワーとしての軍事力の性格を端的に表したものと言えます。また、経済制裁により相手に自国の意志を強要は、北朝鮮への経済制裁等、憲法上戦争放棄をした日本でも行っている手段であります。


 しかしながら、このようなハードパワーの行使は国際社会の批判、行使された国と関係の深い国家の反発を招くことは、近年のイラク戦争を見れば明らかです。このようなハードパワーの問題に対する解決策の一つとして、ソフトパワーへ注目が集まっております。





■ソフトパワーとは




 強制力により目的を達成するハードパワーに対し、ソフトパワーとは文化・政策・政治的価値観の魅力により目的を達成する能力のことを指します。このソフトパワーの概念はアメリカの国際政治学者であるジョセフ・ナイによって提唱されたものでしたが、元々は1980年代におけるアメリカ衰退論に対する反論として持ち出されたものでした。しかし、2003年のイラク戦争後のアメリカへの国際社会の反発や頻発するテロに対して、解決の糸口として注目される様になりました。


 ハリウッドに代表されるアメリカ文化は大きな魅力を持っており、アメリカに対する好イメージに繋がります。高度な福祉政策を取る国は低福祉国の国民から羨望されるでしょうし、民主主義という政治的価値観は抑圧された国民にとっては大きな希望ともなります。


 しかしながら、ソフトパワーはハードパワーを代替するものではなく、ハードパワーと比べて定量化が難しい概念です。ナイはハードパワーとソフトパワー双方を駆使することが国際社会での国力に繋がるとしており、アメリカは2つのパワーを兼ね備えた国家であるとしています。ソフトパワーは徐々に存在感を増していますが、それ単体の影響力はまだ限定的なものです。





■ソフトパワーが国際社会に影響を及ぼした事例




 しかしながら、特定の条件化ではソフトパワーは大きな意義を持ちます。ソフトパワーが国際社会に影響を及ぼした事例として、ナイはセルビアにおけるミロシェビッチ失脚を挙げています。1990年代にミロシェビッチは自国のテレビを統制しており、情報をコントロールすることで自身の評判を高めようとしていました。つまりはソフトパワーの源泉としてテレビを統制下に置いていたのです。しかしながら、彼が失脚する2000年にはセルビア人成年の45%がラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE)やヴォイス・オブ・アメリカ(VOA)を聴いており、国家が統制しているラジオ・ベオグラードを聴いていた成人は31%に過ぎませんでした。RFEやVOAはアメリカ議会の出資による報道機関であり、民主的な価値観を広めることを公的に謳っています。RFEやVOAの放送を聴いて民主的価値観にシンパシーを持ったセルビア人が、選挙の不正に怒りデモ行進を行ったことはミロシェビッチ失脚の大きな要因となりました。もちろん、欧米からのハードパワーによる圧力も大きなものでしたが、ソフトパワーが相互補完的に影響を及ぼした事例と言えるでしょう。


 また、1991年の湾岸戦争時にCNNは国際世論に大きな影響を与えていましたが、2001年のアフガニスタン侵攻や2003年のイラク戦争では、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラがアラブ視点の報道を行うことで、それまでのアメリカ視点一辺倒だった報道に大きな転機を持たらし、国際世論に大きな影響を与えたことも記憶に新しいと思います。これもまたソフトパワーの一形態で、CNNを見た人とアルジャジーラを見た人では意見が違うことが指摘されております。


f:id:dragoner:20100202032205j:image:w640【天安門事件における「無名の反逆者」】。この映像がCNNにより放映されたことで、弾圧者としての中国政府と自由を求める民衆という対立軸が鮮明に焼き付けられた。(写真はJeff Widenerによるもの)





■日本におけるソフトパワー




 近年、日本においてもソフトパワーについての論議が活発です。ですが、その議論は政策・政治的価値観よりも文化的側面を重視したものが多いように見受けられます。政策面としては鳩山首相が掲げた二酸化炭素25%削減政策等がありますが、悲しいほどに国外から注目されていません。一方、文化面では日本の伝統文化やマンガ・アニメに代表されるポップカルチャーは海外でも広く受け入れられており、日本の有力なソフトパワーです。政策や政治的価値観は国家が関与する領域ですが、非国家の領域である文化が強いのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのかは皆様にお任せします。








 ところで、最近ホットな国際問題として、アメリカが台湾への武器売却を決定したことは皆様御存知のことと思います。まさにアメリカによるハードパワーの行使であります。それを伝える台湾の4大紙の一つ「自由時報」の第一面を見てみましょう。








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 日本のソフトパワーがアメリカのハードパワーに拮抗したようです(えー





<参考文献>