2009年12月26日土曜日

防衛技術シンポジウム2009 「先進装具システム」



 近年、先進国の軍隊では兵士個人の情報共有の強化や生存性の向上の為、IT機器や防弾装具を統合化した個人用装備の研究を活発化させています。


 こうした個人用装具の研究として、良く知られているものはアメリカのFuture Combat System(FCS)計画でのFuture Force Warriorや、フランスのF〓LIN等があります。


f:id:dragoner:20091226231245j:imageFuture Force Warrior (写真原著作者:Hohum


f:id:dragoner:20050614162923j:image:w800F〓LIN (写真原著作者:Rama





 こうした個人用装具開発の流れを受け、日本でも平成15年度より先進装具システムとして研究が行われており、ここ数年の防衛省技術研究本部でもそのシステムの一部が公開されるようになりました。





f:id:dragoner:20091110154452j:image:h640 先進装具システム全体像


f:id:dragoner:20091110154647j:image:w800 先進装具システム ヘルメットと軽量化小銃





 この先進装具システムは前述のF〓LINに近いもので、ヘッドセットやヘッドマウントディスプレイ(HMD)等が統合されたヘルメット、隊員の身体状況をモニターするバイタルサインセンサやコントロール装置を統合した防弾アーマー、カメラを備えた電子照準具等が付加された軽量小銃のおおまかに3つの部位より成り立っています。


f:id:dragoner:20091110154634j:image:w800 先進装具システム 説明パネル





 さて、どのような情報共有をするのかにつきましては、私がここで書くよりもシンポジウム会場にて実演を兼ねた説明が行われておりましたので、そちらを見て頂いた方が分かりやすいと思います。説明の様子をニコニコ動画にアップ致しましたので、以下の動画を御覧下さい。






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 以上の動画から、GPSを利用した自己位置の標定・連絡、ガンカメラの映像の送信・共有、電子照準器を用いた遮蔽物からの射撃等、HMDによる情報共有の様子や生存性の向上に繋がる運用がお分かりいただけたと思います。また、映像の2分40秒以降の遮蔽物に身を隠しながらの射撃はF〓LINと同様の機能があることが伺えると思います。


f:id:dragoner:20091226235453j:imageF〓LINによりガンカメラからの映像で遮蔽物に身を隠しながらの射撃 (写真原著作者:RAMA)





 この様に各国や自衛隊でも行われている先進装具の研究ですが、各国とも共通して抱えている問題があります。それはシステムの重量とバッテリーの問題になります。これらのシステムに加えて暗視装置や通信システム等、他の装具を付けてしまうと装備全体の重量が40kgを超えてしまう例もあり、より一層の装備の軽量化が求められます。システムに電気が欠かせない為、長時間持つバッテリーの開発やシステムの省電力化等、装備化には大きなハードルがいくつもあります。


 HMDによる視覚での情報共有は非常に有効なのは事実なのですが、それを人体という脆弱で非力なプラットフォームに実装することになる為、重量やサイズの問題が重大なものになります。これら重量問題を解決するため、人間が持てる重量を増加させるパワーアシストスーツの研究もアメリカでは行われていますが、これも相当長い間研究が行われている割には未だに実用レベルには達しておらず、今後も相当の時間がかかると思われます。


 フランスではF〓LIN装備化の為の発注が行われたそうですが、重量問題が兵士にどう受けいられるか、今後とも注目していきたいと思います。





参考


防衛技術協会「おもしろサイエンス 未来兵器の科学」日刊工業新聞社






2009年12月25日金曜日

防衛技術シンポジウム2009 「次世代近接戦闘情報共有システム」



 11月に行われた防衛技術シンポジウムのレポートが遅れ申し訳ありません。


 現場で展示されていた資料が後日、防衛省技術研究本部のホームページにて配布されると伺っていたため、資料入手してから再構成すればいいっか、と思って伸ばし伸ばしにしていたら、もう年末になってしまいました。幸い、先日技術研究本部のページで資料が公開された為、現場で伺ったことや撮影した写真、公開された資料の内容も合わせてレポートしたく思います。





紹介のその前に


 さて、今回「次世代近接戦闘情報共有システム」を紹介するにあたり、一度おさらいを行いたいと思います。


 前回の記事「携帯電話と自衛隊無線機の違いについて」で基地局の有無が無線機と携帯電話の違いであることを説明いたしました。インフラに頼らない無線というのは、確かに有事を想定する自衛隊では重要なのですが、無線機単体ではどうしても通信距離が短くなってしまいます。


 また、通信距離の問題の他にも障害物の問題もあります。皆さんもビルの奥や地下室に入ったら携帯電話が圏外になって使えなくなったことがあると思います。これは電波が障害物により減衰したり反射することで受信が困難になる為ですが、これと同じ現象が自衛隊の無線機でも発生致します。


 では、上で挙げた通信距離の問題、障害物の問題を解決するにはどうしたら良いでしょうか?





 最も簡単な答えは、基地局を作って中継させることです。





 「携帯電話と自衛隊無線機の違いについて」を読まれた方はこの答えに対してツッコミたくなると思います。基地局の費用、基地局の圏外の問題、基地局が使えなくなった際の問題等、様々な点でご指摘があると思います。ですが、ここでいう基地局は建設するものではありません。誤解を恐れずに言うと、人間自体が基地局になるのです。技術研究本部ではそのようなコンセプトで「次世代近接戦闘情報共有システム」の研究を行っています。





無線機のウェアラブル化


 「次世代近接戦闘情報共有システム」ですが、システムではなく無線機単体としては、ウェアラブル無線機と呼ばれています。つまり「身につける無線機」です。


f:id:dragoner:20091224210300p:image:h640防衛省技術研究本部 「ウェアラブル無線機の研究 ~携帯型ソフトウェア無線機の実現について~」より引用





 従来の「ゴツイ携帯電話」の様な形状から、上の画像の様な小さい箱型形状になりました。この小型化により、無線機を体に装着することが可能になりました(まあ、従来もやろうと思えばできますけど……)。この無線機単体では使用できませんので、下の写真の様にヘッドセット等の音声入出力装置、ヘルメットや戦闘服に取り付けるアンテナを装着することで無線機として使用することになります。


 


f:id:dragoner:20091110165131j:image:h640





 従来の無線機のように「携帯する」のではなく、無線機やアンテナを体に装着する、つまりは「身につける」ことで隊員の行動に制約をかけることなく無線通信ができます。


 では、このような無線機のウェアラブル化がどうやって「通信距離の問題、障害物の問題」を解決するのでしょうか。





隊員自身がネットワークの一部になるアドホックネットワーク


 ちょっと話を変えましょう。近年、PSPやニンテンドーDSの携帯ゲーム機を無線LANで接続して多人数プレイする人を街中で多く見かけるようになりました。これで使われている技術はアドホックネットワークと呼ばれるもので、ネットワークの中心となるサーバーやインフラを介さずに端末だけでその場限りの無線ネットワークを構築することができます。「通信距離の問題、障害物の問題」を解決する鍵がここにあります。


 無線機のウェアラブル化により、隊員自身に無線機を装着することで言わば隊員そのものが無線端末となります。ここで隊員同士がアドホックネットワークを構築することにより、問題の解決が可能です。


 例えば、2つの無線機間の距離が離れすぎて通信ができない場合でも、以下の図のようにアドホックネットワークを構築していれば、間に別の無線機(隊員)を中継させることで通信距離の延長を図ることができます。先程述べましたように「基地局を作って中継する」ことを無線機を基地局代わりにして中継することで実現します。


f:id:dragoner:20091224224203p:image:w800





 また、隊員同士でネットワーク化されている為、下の資料の様に隊員を中継することで、電波が障害物に邪魔されて届かない隊員も通信が可能となります。


f:id:dragoner:20091110165142j:image:w800





 担当者の方に伺ったところ、この様なアドホックネットワークを実現する為にウェアラブル無線機には自動的に最適なネットワークルーティング(ネットワークの経路と思ってください)を選択し、隊員の移動等でネットワークが一部欠けてもすぐにネットワークを再構築するプロトコルが実装されているとのことです。隊員は操作することなく、装着しているだけで自動的にネットワークが構築されるのです。


 このようなウェアラブル無線機やアドホックネットワークを実現した技術要素として、ソフトウェア無線技術があります。昨年の防衛技術シンポジウムレポートで紹介致しました「将来統合無線機」の技術の延長線上にあるものです。


f:id:dragoner:20091224230148p:image:w800防衛省技術研究本部 「ウェアラブル無線機の研究 ~携帯型ソフトウェア無線機の実現について~」より引用





 上図の様に、最初は無線機能のソフトウェア化から研究を始め、共通アーキテクチャの適用を経て、将来統合無線機という形で車載向け等で実用的な研究に供される形になり、更に小型化が進んで隊員に装着できるまでになりました。ウェアラブル無線機は将来統合無線機と同じように、データや映像の送信も可能であり、映像の共有を隊員間で行う実験等も行われております。無線機やアンテナ、更にはカメラ等も含めて「次世代近接戦闘情報共有システム」が構成されることになります。


 戦闘に限らず、組織の成功の如何は、情報の伝達や共有のスピードや効率に由る所が大きいです。このような研究が装備化に繋がることで、自衛隊の能力向上に貢献することになるでしょう。





参考資料


防衛省技術研究本部 「ウェアラブル無線機の研究 ~携帯型ソフトウェア無線機の実現について~」





2009年12月16日水曜日

携帯電話と自衛隊無線機の違いについて



 以前アップした動画の話になります。



ゆっくりで学ぶ、自衛隊装備 「衛星単一通信携帯局装置」



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 この動画ですが、記事中にもあるように映像面で取っ付き易く、「こんな装備もあるのよん」という紹介的な意味で作ったのですが、以下のようなコメントが散見されました。






 携帯電話とどこが違うの?






 このようなコメントが意外と多く、携帯電話と無線通信機の違いを認識されていない方が多いことに軽いショックを受けました。しかしながら、現代社会においては誰もが小型で便利な携帯電話を使っており、わざわざあんな大きな無線機を自衛隊で使っていると知ったら疑問に思われるのも無理はないのかもしれません。


 そこで今回は、携帯電話と自衛隊の無線通信機はどう違うのかについて、簡単な電波の話も交えて書いてみたいと思います。











膨大なインフラが必要となる携帯電話




 携帯電話と自衛隊の無線機の最大の違いとも言って良いのがインフラ利用の有無でしょう。一般的に無線機は無線機が2台あれば通話は可能です。しかし、2台の携帯電話間で通話をする場合、その間には膨大なインフラを経由することになります。以下にその概念図を示します。


f:id:dragoner:20091216223901p:image:w800





 上図のように2台間の通話であっても、非常に多くの施設・装置に頼らざるをえないのが携帯電話です(念のため書きますが、概念図ですのでかなり端折ってます。更に制御装置等があります)。特に数を要する施設は基地局で、現在の携帯電話は電波の出力が大きくても600mWで、一つの基地局がカバーできる範囲(セル)は半径十kmが限界となっています。





f:id:dragoner:20091216230411j:image 基地局の例(原著作者:Starbacks





 携帯電話の利用者が多く、電波の障害となる建物が多い都市部では「マイクロ・セル」と呼ばれるセル半径が数百メートルの基地局が多く設置されており、これが基地局の数を膨大なものにしています。膨大と言うだけでは、どれくらいの数の基地局が必要かイメージが付きにくいと思います。具体的な基地局の数については総務省が集計を出しており、そこから携帯電話の基地局のデータを以下に引っ張ってきました。





f:id:dragoner:20091216230225p:image2009年10月における基地局数





 このように第三世代携帯用の基地局だけで10万を超えており、携帯電話より出力が小さいためにセルが小さいPHSは17万も基地局を抱えているのが現状となっております。


 これら莫大な設備を抱える携帯キャリアは多大な設備投資を行っており、平成20年度のNTTドコモは携帯事業に6,013憶円の設備投資を行っております。防衛省の年間の装備品等購入費が5,000憶円ほどですから、この金額がいかに膨大なものかが分かると思います。


 投資の問題に留まらず、これらのインフラは非常に脆弱で、例えば2001年の米国同時多発テロの際、ニューヨークへの通話が(通話の殺到により)繋がりにくくなったことはよく知られていますし、有事の際はインフラに対する破壊工作による不通も考えられます。有事での活動を前提としている自衛隊にとり、有事での可動が担保されていない限り、そうそう使えるものではありません。


 余談になりますが、東京近郊在住の方は普段から携帯電話関連の施設を意識せずに見られているかもしれません。代々木にあるNTTドコモ代々木ビルは15階から上は、携帯電話用の設備とアンテナを収容する機械室で占められており、新宿近辺のNTTドコモの通話を支える施設となっております。これだけも携帯電話を全国に行き渡らせるのに莫大な投資が必要かが分かるでしょう。


 


f:id:dragoner:20091216234507j:imageNTTドコモ代々木ビル(原著作者:Wiiii)





 なお、自衛隊の無線機でも以前紹介致しました衛星単一通信携帯局装置は通信衛星というインフラを使用しますが、それでも携帯電話と比べればずっと簡素なものとなります。もっとも、無線機でも他とは若干異なるカテゴリに属する装置なんですけども、話が大きくズレてしまうのでここらへんは割愛致します。


 


軍事用として求められる機能の有無




f:id:dragoner:20081115114935j:image:h480 85式野外無線機を背負う隊員





 さて、インフラに関する話はなにも自衛隊の無線機に限った話ではなく、警察無線や航空無線、アマチュア無線等でも同じことが言えます。ここではインフラ以外の自衛隊が求める軍事用無線機の機能について述べたいと思います。







  • 電子戦機能


 自衛隊の無線機である以上、敵の妨害や傍受への対抗策を備えております。例えば、現在85式野外無線機の後継として配備が進められている新野外無線機には、周波数ホッピング機能が搭載されております。これは周波数を変えながら通信を行う機能で、一度敵が傍受に成功してもすぐに周波数が変わる為、完全な傍受や標定が困難になる機能が備わっています。また、無線機には妨害時の対妨害モードもあり、妨害に対して一定の対抗策ともなります。




  • 連接性


 近年制式化されている自衛隊の新しい無線機の多くにはシステムへの連接性が備わっています。例えば、新野外無線機にはGPSと接続して自分の位置を自動的に送信する機能といった携帯電話でもお馴染みの機能や、基幹連隊指揮統制システムへの連接機能も備える等、自衛隊のシステムの一部としての機能が付与されています。




  • 耐環境性


 戦場はもっぱら野外な上、寒冷な降雪地からイラクの砂漠まで自衛隊の無線機は使われます。降雨への防水機能や酷寒酷暑での稼働が求められる上、衝撃への耐性も求められます。その為、無線機は頑丈な箱型となっております。




  • 整備性


 仮に貴方の携帯が壊れたとします。それを携帯ショップに持っていったとしても、そこで修理されることなく工場送りにされて、戻ってくるのに最低でも数日はかかるでしょう。しかし、自衛隊の無線機は各機能毎に部品化されている為、故障原因の特定や交換が容易になっており、整備員や整備部隊での修理が可能となっております。





 ざっと述べただけでも、これくらいの機能が求められております。その他にも様々なものがありますが、キリがないのでこのへんで割愛させて頂きます。


 このように無線機一つとっても自衛隊と民生品に大きな違いがあり、まして携帯電話とは多くの点で異なっていることがお分かりになったと思います。貴方が携帯で通話する際、莫大なインフラを支えている人達がいることをたまには思い出して頂ければ幸いです(あっ、軍事のオチじゃねえ)。





<参考文献等>


竹田義行 監修「改訂版 ワイヤレス・ブロードバンド時代の電波/周波数教科書 (インプレス標準教科書シリーズ)」インプレスR&D


総務省電波利用ホームページ「無線局情報検索」


株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ「第18期 有価証券報告書」


「FOMAを支えるドコモタワーに潜入」IT media 2003年9月19日